吉田 憲正
2025年12月2日,医療分野では,マイナンバーカードの健康保険証利用が基本となった.マイナンバーカードは,マイナンバー法により強制・義務化ができず,2020年9月時点で全国交付率19.4%であった.本来マイナンバーカードとは,国民背番号制や住民基本台帳ネットワーク等からつながるマイナンバー法のためのカードであったが,2019年以降消費活性化策や健康保険証として全国民に行き渡ることを目指すことも日本政府(政府)の政策目標,つまり政策プログラムとなった.そのマイナンバーカードの普及促進を行なった「マイナポイント事業」は,特定目標を期限内に達成するための独自の活動であり,「プロジェクト」である.このプロジェクトを,プログラムマネジメントの視点も含め,プロジェクトマネジメント学の視点から評価し,プロジェクト単体としての評価及びプログラムの視点からの評価を論じる.その上で,マイナンバーカード普及のプログラムに関し, (1)マイナンバーの番号自体の「特定個人情報」扱い,(2)使用目的や運用方法が異なるカード1枚化の不合理,及び(3)カードの災害時利用の確保の問題点及び解決案を論じる.
中田 孝一
人工知能(AI)の説明可能性(Explainable AI: XAI)は,透明性・信頼性・倫理性を担保する上で不可欠な要素として注目されている.従来の研究は,SHapley Additive exPlanations(SHAP)やLocal Interpretable Model-agnostic Explanations(LIME)に代表される相関的説明と,因果推論や反事実的推論に基づく因果的説明を中心に発展してきた.前者は直感的理解を促す一方で因果的妥当性を欠き,後者は行動可能性を提供するもののデータ制約やモデル依存性の課題を抱えている.本研究は,これらを総括したうえで,新たにユーザ受容性(user acceptance)を加えた三層モデルを提案する.第1層の相関的説明は「理解の入口」を,第2層の因果的説明は「行動可能な知見」を,そして第3層のユーザ受容性は「説明が理解され,利用され,信頼されるか」を評価する役割を果たす.この三層構造により,説明可能性は技術的な透明化にとどまらず,人間中心の枠組みとして再定義される.本研究は今後の課題として,因果推論と機械学習の統合,説明の妥当性を評価する指標の確立,利用者層に応じた提示方法の最適化,規制や倫理枠組みとの整合性を指摘した.これらを克服することで,説明可能性は「相関の可視化」を超えて「因果的理解」へと進化し,最終的にはユーザにとって意味ある知見を提供する信頼できるAIの実現につながると結論づけた.
奥村 智帆,得田 和希,林 妙玉,鹿島 啓吾
開発端末には様々なオープンソースソフトウェア,フリーウェアが利用されている.近年ソフトウェアの脆弱性を狙った攻撃が多発しており,頻繁にソフトウェアの更新を行っている.開発環境の管理者は,各開発者が定められた期限内に適切に対応したことを刈り取る必要があるが,数十台~数百台のオーダーの端末の更新状況を把握することは手間のかかる作業である.ソフトウェアライセンス管理ツール等を活用することで情報収集を自動化すること,及び脆弱性のあるソフトウェアを利用している場合に検知することは可能であるが,アップデート等は各開発者に依存するため,開発端末にインストールするソフトウェアを統制するための負担が大きい.そこで,構成管理ツールを活用し,開発端末のソフトウェアを一括更新することで,管理者の工数,及び,開発チーム全体の工数を削減したいと考え,適用方法を検討・検証した.結果として,構成管理ツールの活用プロセスが定常的に回ることによって工数の削減に効果があることが確認できたが,導入ハードルが高いという課題も確認された.
山本 修一郎
本研究は、知識を静的な資産ではなく、硬直化の危険性を内包する知識資本として捉え、その持続的な増殖メカニズムを解明する.従来のSECIモデルが「知識の循環」を扱うに留まったのに対し,本モデルは「知識の代謝」を核心に置く.知識資本を駆動するDEDEモデルは,以下の4つのモードで構成される.深化(既知 → 既知)と探索(未知 → 既知)という両利きの要素に,解体(既知 → 未知)による知識の破壊と,創発(未知→ 未知)による戦略的問いの設定を加える.これにより,組織は高文脈性(深化・創発)と低文脈性(解体・探索)の動的制御を可能にし、知識の硬直化と陳腐化を克服する.DEDEモデルは,M&A統合における知識資本家の戦略的リーダーシップを再定義する,グローバル時代の実践的なフレームワークである.
高橋 英章
本論文では,老朽化した基幹系システムのモダナイズにおいて発生する,設計情報の不整合や業務との乖離,知識の属人化といった課題に対し,「可視化」「差分分析」「リバースエンジニアリング」「SECIモデルによる知識共有」という4つの実践的アプローチを提示する.アウトプットデータの差分比較によって,合否の判定を明確化し進捗管理に寄与する一方,リバースエンジニアリングは設計の精緻化に資するものの,工数の課題を抱える.さらに,ドキュメントと現行業務の乖離を是正するために,SECIモデルを活用した知識の形式知化プロセスを導入することで,属人化の解消とテストケース設計の精度向上を実現した.これらの手法は相互補完的に活用され,モダナイズプロジェクトの品質と効率性の向上に貢献する.
上村 俊行,高橋 博昭
視覚障碍者にとってWebページへのアクセスは依然として困難であり,十分な配慮がなされているとは言い難い.2024年4月の法改正によりWebアクセシビリティへの関心は高まりつつあるが,現状では操作が難しいページが多数存在している.アクセシビリティの国際的指針としてWCAGがあり,日本ではこれを基にJIS X 8341-3が制定されている.本研究では,視覚障碍当事者である筆者が行ってきたアクセシビリティ普及活動を報告する.筆者は,障碍当事者による検証を行う「テスト部隊」の立ち上げを目標に啓発を進めている.現在ではその重要性が認識され始めており,説明会の開催を通じて意識の浸透が進んでいる.また,開発現場から協力依頼が寄せられるようになり,正式な枠組みではないものの,アクセシビリティ試験や設計段階での支援依頼も受けるようになっている.さらに, システム開発におけるプロジェクトマネジメントの観点からも, アクセシビリティへの配慮は今後不可欠な要素となると考えられる.法制度や社会的要請の変化に伴い, プロジェクト計画段階でアクセシビリティ要件を明確化し, リスク管理や品質保証のプロセスに組み込むことが求められる.このような取り組みは, ユーザー体験の向上のみならず, 開発組織の持続的な信頼性確保にも寄与するものである.
三好 きよみ
日本を含む先進国における少子高齢化と人口減少は,労働力確保と経済成長の喫緊の課題であり,既存労働者の適応力を高めるリスキリングが不可欠となっている.本研究は,リスキリング未経験のIT従事者の学習行動プロセスを探索的に検討し,継続的な学習へ移行する際の阻害要因と促進要因の動態を明らかにすることを目的とした.IT従事者への半構造化インタビューに基づき,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いて質的分析を行った.その結果,対象者は無意識の学習行動である仕事そのものの学びによって,実利的なニーズが充足されていることが示された.また,情動的な報酬や短期間での実利的な効果によって意図的なリスキリングへの移行が示唆された.
和知 光太郎
近年,ITシステムは既存の製品やソリューションを組み合わせることで「コストをかけず,短い時間で,高品質のシステムを提供する(Quality, Cost, Delivery向上)」というプロジェクトが多くなっている.複数の製品やソリューションを適用してシステム構築する場合,製品やソリューションは各部門で管轄しているため,複数の部門がプロジェクトに参画することとなるが,参画する部門が多くなると「システム全体の整合性が取れない,システム全体のテストシナリオ作成ができない,コミュニケーションが不足する」などの課題が発生することが考えられるため,これらの課題に対して「プロジェクト体制の施策,コミュニケーションの施策,スキル管理の施策」を検討した.検討した施策を実際のプロジェクトに適用し,プロジェクトメンバーにインタビューを実施した結果,「仕様統括チームの設置,スキルマップの作成」が有効であると評価することができた.本論文では,複数部門が参画するプロジェクトマネジメントの課題と施策,結果と評価,今後の課題をまとめる.
杉本 健太郎
業務で利用する端末のOS(Operating System)のEOL(End Of Life)に伴い,企業では一般的に1年から2年の歳月をかけて端末を更改する.これらの更改プロジェクトは,EOLに合わせ複数企業で同時期に進行することになり,プロジェクトを対応する人的資源の確保が大きな課題となる.更改プロジェクトは,端末の仕様を設計し構築する設計工程と,それらの仕様に基づき端末を量産し各拠点へ配布・設置する展開工程の大きく二つの工程に分けられる.設計工程においては,現行端末の仕様を把握したうえで新技術の要素を取り込む,端末設計に精通した技術者の確保が必要となり,展開工程においては端末の大量キッティングや全国拠点における現地作業といった多くの作業者の確保が必要となる.各工程における人的資源の確保といった課題に対し,プログラムマネジメントを実践することによる有効性について検証した.その結果,リソースの平準化や効率化による生産性の向上など,人的資源の確保といった課題に対し有効であることを確認した.
岡田 圭,林田 賢二,堀越 雅絵
現在,日本の労働人口の減少等により人材確保が困難な状況である.人材不足解消の施策としてフィリピンGlobal Delivery Center(以下,GDC )共業を実施している.GDC共業にあたり課題が存在した.まず初めに言語の壁である.開発環境はセキュアな環境のため,自動翻訳が使えないなどの制約が多く,納期遅延のリスクがあった.今回,顧客所有の翻訳ツール活用により翻訳時間短縮化の課題を克服した.また,従来基本設計から結合テストまで同一担当者が行うため,基本設計書が不十分でも詳細設計以降の開発が可能であった.しかし,今回一部機能開発において,基本設計は日本側,詳細設計以降をGDCで実施するため,機能の実装漏れに繋がるリスクがあった.そこで,GDC側で基本設計書を補足し,機能不足や仕様誤解釈に起因する実装漏れを防止し,詳細設計以降を円滑に進めることができた.本稿ではそれらの取り組みとその取り組みをする中で得られた効果的な工夫点や知見について記載する.
貝増 匡俊
本研究は、大学生から社会人への移行期であるトランジション期における推し活の変容について、その適応過程との関連した心理的安全性と心理的柔軟性の影響を検討することを目的とする。心理的安全性および心理的柔軟性にについてシュロスバーグのトランジション理論(4Sモデル)フレームワークとして適用した。質的調査として社会人1~5年目の女性5名への半構造化インタビューを実施した。その結果、就職により時間的制約は増し、経済的制約は減少するため推し活は量的・質的に再編成されることが示唆された。また、推し活は高ストレス期におけるレジリエンス資源として機能し、職場の心理的安全性が個人の心理的柔軟性を相互に影響を与えている可能性が示された。
齋藤 龍太
ウォーターフォール型およびアジャイル型とは異なる意思決定原理として,本研究では海外の先行研究で提示されているエフェクチュアル・プロジェクトマネジメントに着目する.この理論的視座に立ち,ウォーターフォール型ITプロジェクトが危機的状況に直面した際の行動プロセスを分析し,いかにして回復へ至るのかを解明する.従来研究では計画遵守や失敗要因分析が中心であり,危機下におけるチームの行動メカニズムは十分に検討されてこなかった.本研究では半構造化インタビューに基づく複数事例研究を実施し,演繹的仮説検証と帰納的仮説生成を組み合わせて分析した.対象ケース10件はITプロジェクト単位であり,金額規模は1000万円以上100億円未満,うち2件は数十億のITプロジェクトである.インタビュー対象者は代表取締役,役員,企業顧問,部長クラス,課長クラス等,幅広い層となっている.分析の結果,チームレジリエンスが柔軟な対応行動を媒介して危機回復に寄与すること,不確実性下では起業家的行動理論(エフェクチュエーション)がその機能を強化することが確認された.さらに6つの新たな仮説を創出した.
田村 慶信,Jiang Shan,山田 茂
オープンソースソフトウェア(Open Source Software,以下OSSと略す)は,社会システムのあらゆる基盤となるソフトウェアにおいて利用されている.一例として,OSSRA 2025の報告によると,調査対象となった1,600以上のコードベースのうち97%にOSSが含まれており,オープンソース脆弱性の蔓延は悪化しつつあると言われている.近年,ユーザ用途としてのアプリケーション層だけではなく,クラウドコンピューティングのようなサーバ側にもOSSが多用されており,オープンソースエコシステムを構成する組織も多くなっている.本研究では,こうしたOSSオープンシステム環境に対する信頼性を評価する試みとして,OSSバグトラッキングシステム上のフォールトビッグデータを利用した深層マルチモーダル学習に基づく信頼性評価手法を提案する.
武田 直浩
システム開発プロジェクトにおいては,QCD達成が成功指標として重視されてきた一方,提供価値や顧客満足の観点が十分に反映されず,成果に対する評価が必ずしも高まらないという課題が指摘されている.本稿では,顧客満足を高い水準で獲得したシステム開発事例を対象に,その要因を要求工学知識体系REBOKのプロセスおよび要求アナリストに求められるスキルの観点から分析した.分析の結果,上流工程における要求獲得・仕様化の工夫に加え,マルチベンダ環境下において顧客目線で協働を促進するプロジェクト推進が,機能面および心理面の顧客満足向上に寄与することが確認された.本事例を通じ,REBOK(Requirement Engineering Book Of Knowledge)を活用したプロジェクトマネジメントの有効性と,顧客満足重視型マネジメントに関する実務的示唆を得た.
天野 勝太郎
グローバル市場ではアジャイル型開発の採用が急速に進展している一方,日本国内では導入が十分に進んでいない.富士通においてもアジャイル型開発案件は増加傾向にあるが,アジャイル型開発経験を有するメンバーの不足や,顧客側の理解不足が課題となっている.特にプロジェクト初期段階における要件の曖昧さや優先順位付けの困難さは,見積精度の低下やスケジュール遅延を招き,プロジェクト失敗の要因となり得る.本論文では,これらの課題に対する解決策として,ウォーターフォール型開発とアジャイル型開発を組み合わせたハイブリッド型開発手法を提案する.具体的には,初期段階でウォーターフォール型開発による要件定義および基本設計を実施し,基本機能を明確化した上でアジャイル型開発へ移行する.本手法をECサイト商品のスマートロッカー配送プラットフォーム構築プロジェクトに適用した結果,顧客との認識齟齬を抑制し,円滑な優先順位付けと柔軟な開発を実現できた.アジャイル未経験の組織において,本手法はアジャイル型開発導入を成功に導く有効なアプローチとなることが期待される.
兼安 俊治
完全24時間運用が常態化した国際空港では,従来深夜帯に確保されていたシステム停止枠が消滅し,手荷物搬送システム(Baggage Handling System:BHS)のようなミッションクリティカル設備にも,空港運用を停止せずに更新を実施する手法が求められている.最少便時間帯が120分という厳しい制約下において,BHSを無停止で更新するために,①発着ダイヤとメンテナンス情報を統合した分単位の作業計画,②LAN切替器を用いたネットワーク物理切替の高速化,③運用中データを新旧双方に供給して差分を自動判定するランニングテストツール,④構成とロールバック手順を標準化した環境定義書とチェックシート,の4施策が実装された.さらに複数空港での同時展開に伴う品質ばらつきを抑制するため,共通機能をGDCが,コア機能を国内協力会社が担う分散検証体制を採用.その結果,切替作業時間を30分から10分へ短縮し,検証工数の17%を夜間枠内に創出,重大障害ゼロで本稼働に至った.常時稼働が求められる鉄道,病院,データセンター等への応用も期待される.
川高 俊介
プラットフォームを他社調達に頼らざるを得ない場合,計画段階で事前に他社品マニュアル調査の他,顧客に提案するプラットフォーム類似品デモ機を用いた概念実証(PoC)を行うことで予めリスクポイントの抽出を行う.これにより,実行時に評価する内容の特定や導入する他社プラットフォームが所定の品質基準を満たすことができるか評価する計画を立てる.一方で実行フェーズにいては想定外事象が発生し,リカバリー策の検討や実施を余儀なくされることが多い.具体的には運用面等の非機能要求事項に関してはPoCでわからなかった問題が顕在化するケースがある.この問題については,プラットフォームメーカ側とSIer側での認識の相違に起因するものが多い.特に特殊な運用形態のユーザーの場合,メーカ側で準備されているプラットフォーム管理ソフトだけでは顧客運用に耐えられず個別に顧客運用を支援するツールの作成に踏み切らざるを得ないケースがある.そのため,運用面において事前に顧客と合意できる内容を整理しておく必要がある.本論文では他社のプラットフォームを調達する際のリスク管理について明らかにする.
千代 夕夏子
「2025年の崖」を乗り越えるためにDXの推進が迫られている中においても,複雑化・属人化したレガシーシステムの保守(ラン・ザ・ビジネス)領域に労働力が相応に割かれているのが実態である.筆者が属する環境においても,まさに複雑化・属人化が進んだシステムに優秀な人材が割かれており,かつラン・ザ・ビジネスに多額の投資が必要となっている.また,レガシーシステムの業務仕様は,日本固有の商習慣を前提にしているため,海外人材には理解し難く人材の選択肢を狭めている要因となっている.この状況に対して,筆者はリソース選択肢を広げるべく海外人材での体制構築を実現した.本稿では,複雑化・属人化が進んだシステム保守開発において,国内商習慣およびレガシーシステムのノウハウを伝達し,海外リソース導入・立ち上げを実現した手法・実績を述べる.また,その後の効果として,国内人材をDX領域へシフトできた実績についても言及する.
三田 浩介,柴田 晃佑,大熊 唯愛,五十嵐 智
本稿は,グローバル化・デジタル化が進む金融機関における戦略的ITガバナンス変革を論じる.多拠点での非効率な照会業務と情報分散の課題解決として,クラウド型ITSMプラットフォーム導入を主軸とした.プロジェクトでは,変化する要件に対応するためハイブリッドアジャイル開発を採用.SaaS特性を考慮し,カスタマイズ抑制原則を確立しつつ,ビジネスリスクに直結する要件には限定的なカスタマイズを容認した.また,開発期間中のアップグレードから実践的な検証知見を得た点は特筆する.AIアシスト機能導入により,インシデント管理効率化やナレッジ自動生成を実現し,運用高度化を達成.IT部門は戦略的パートナーへと転換した.本プロジェクトは,金融機関の厳格な要件下でITガバナンスを強化し,新たな価値創出に貢献.その経緯と,持続的な進化に向けた課題と展望を考察する.
針間 正幸,高田 晋太郎,秋庭 圭子,後藤 卓司
当社の社内ナレッジ共有システムには,過去事例,基準書,ガイドなどプロジェクトマネジメント (PM) に役立つナレッジが4千件以上蓄積されており,毎月1万人を超えるユーザに利用されている.一方で,「必要なナレッジを見つけるのが難しい」という意見もあり,その対策方法を検討した.従来のキーワード検索では,ユーザがナレッジを探す背景や意図などの文脈が分からず対策が困難であったが,ユーザが入力する質問に文脈が含まれていれば,ユーザが必要としているナレッジを見つけられるようになると考え,生成AIチャット機能を導入した.生成AIチャットの利用ログを分析した結果,ユーザは短文や単語のみで質問する傾向や一問一答で会話を終了してしまう傾向があることが明らかとなった.一方で,文脈を含む質問も一定数存在し,ユーザがいつ,どのようなナレッジを求めているのかを,これまでより明確に把握できることもわかった.このことから,ユーザの質問文の文脈が不明確であることが,ナレッジを見つけられない要因の一つである可能性が示唆された.本論文では,これらの検証中の取り組みについて現時点での知見を報告する.
唯松 大輔
本論文では,ウォーターフォール型開発のデリバリー工程にAI技術を適用する際に生じる課題を整理し,その改善策を提示する.筆者が担当する長期稼働システムの開発・保守プロジェクトを事例とし,AI技術が前提とする反復的な生成過程と,工程を段階的に確定させるウォーターフォール型特有の構造との不整合に着目して分析した.その結果,この不整合が工程内での試行改善の難しさ,文書形式や記述粒度のばらつき,AIを前提としない開発環境,AI出力の揺らぎによるレビュー負荷,AIに関する知識や受容性の不足といった問題として現れることを明らかにし,それらを五つの観点に整理した.これらの課題に対し,本論文では工程内の小規模反復サイクルの導入,文書標準化と構造化,AIを活用可能とする開発環境整備,AI生成物向け品質基準の拡張,AI活用スキル育成を改善策として示す.また,これらの施策を組み合わせることで,ウォーターフォール型開発にAI技術を統合するためのプロセスモデルを提示する.
丸茂 大輔
本稿は,Webシステム開発プロジェクトにおいて,受入れ試験でのインシデント多発により稼働遅延を招いた事例の再建プロセスを分析する.要件解釈の曖昧さや縦割り組織構造が複合的に作用し品質課題が顕在化した本プロジェクトでは,お客さまとの開発原則明確化,PM体制刷新,開発プロセスの見直し,ドキュメント中心のアプローチ強化,お客さまとの協業体制再構築,テスト戦略最適化といった多角的な対策が実施された.その結果,後続フェーズでの障害は10分の1以下へと大幅に削減され,当初予算内での費用抑制,予定通りの納期達成,およびお客さま満足度向上を実現した.本事例は,特に金融系システムのような高い信頼性が求められる環境下で納期や品質問題が発生したプロジェクトを再生させる上で,強力なリーダーシップ,適切な開発モデル選択と厳格なプロセス管理,およびお客さまとの協調と責任分担の明確化が不可欠であることを示唆するものである.
山本 国広,大塚 万奈,鈴木 友理枝
富士通では2024年10月に全社的な新基幹システムの導入が行われた.これに伴い,社内のサービスデスクへの問い合わせが通常時の10倍となる1日約1,000件に達すると予測された.この問い合わせ急増が引き起こす対応遅延・回答品質の低下は,従業員の業務効率を阻害する課題であった.本研究では,生成AIを活用した複数アプローチにより業務の高度化を試みた.具体的には,一つはChatBot型サポートシステムでユーザーの自己解決を促し,問い合わせを抑制すること.もう一つは,大量の問い合わせ履歴をChat型AIで分析・要約することでFAQ作成を効率化することである.結果的に,問い合わせ件数を当初予測から約35%抑制し,従来4日を要していたFAQ作成は1日で完了した.本稿は,富士通における生成AIの複合的な活用が,大規模プロジェクトにおけるサポート業務の品質と効率を両立させる有効な手段であることを実証するものである.
中島 亮,上杉 達也,柳原 浩二,宇都宮 大典
国のデジタル庁によるDX推進の加速により,自治体では基幹系情報システムの標準化および共通化が進展し,ガバメントクラウドへの移行が本格化している.これに伴い,オンプレミス環境での基盤構築や保守作業は減少する一方,デジタル社会の進展により,スマートシティ事業などの新領域事業における業務量増加が予測される.新規領域事業への人員シフトを進める必要があるが,既存事業は縮小しつつも継続が求められるため,これらに対応する組織体制および人財戦略の検討が不可欠である.本稿では,自治体の事業構造変化に対応するため,新規事業への対応,既存事業の見直し,そして働き方改革のアプローチを同時並行で進めるためのプログラムマネジメントの取り組みと,働き方改革の実際と有効性について考察した.具体的には,「フロントチームの変更」と「ソリューション推進チームの立ち上げ」により意思決定の迅速化やリソース最適化などの効果を確認した.また,働き方改革施策では参加者の6割以上が有効と評価し,生産性向上に寄与した.これらの経験は,ジョブ型雇用を推進する上で有益な知見となると考える.
山﨑 英範
金融・官公庁などの基幹システムにおいて,DXの進展に伴いモダナイゼーションの機運が高まっているが,若手層がシステムをゼロから構築する経験が不足しているという課題がある.筆者の所属組織では,この課題解決のため,人材育成WGを立ち上げ,特に大規模ミッションクリティカルシステムで重要となる「リスクマネジメント能力」に焦点を当てたPM育成プログラムを実施した.PMBOKの知識エリアに基づき,リスクマネジメントを最優先領域と位置づけ,座学に加え実践形式のワークショップを展開.プロジェクトの立ち上げから実行,問題発生時の「なぜなぜ分析」までを体験させることで,リスク抽出・対策立案能力の強化を図った.2024年度は個人発表形式,2025年度はグループワーク形式で実施し,ファシリテーション能力も育成した.ワークショップ後のアンケートでは,参加者の約88%が「成果があった」と回答した.リスクに対する視野の拡大や具体的な抽出方法の習得など,高い効果を認める結果となった.本取り組みは継続中であり,今後はリスクマネジメント以外のPM能力強化も視野に入れ,人材育成のアップデートを進めていく方針である.
高橋 正樹
自治体分野においては市場動向の変化によりデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation;DX)のサービス事業企画を進めており,また自治体においてもデジタルガバメント実行計画を推進するため,官民が連携したDX案件の推進が活性化している.他方で官民が連携して推進するDX案件特有の課題が多数発生するケースが多い.またDX案件を通して自社の新規サービスの事業化などを推進しているケースにおいては,プログラムマネジメントと関係性が強く,プロジェクトの課題がプログラムマネジメントに直接的に与える影響が大きいため確実な計画策定が必要となる.本論文では過去のDX案件プロジェクトで発生した課題を分析し,不確実性やDX案件特有のプロセス,プログラムマネジメントとの関係性を考慮した上でのマネジメント計画の策定やコントロールプロセスのポイントを検討し,DX案件プロジェクトに本施策を適用した際の評価を実施し有益であることを示した.
廣野 正純
研究開発プロジェクトでは,プロジェクト開始時に定義した実施内容に対し,作業状況や顧客要望によりスコープが流動的に変化することがある.本稿では,委託研究型プロジェクトを対象に,スコープマネジメントと人的資源マネジメントにおける課題を整理し,対応策を検討・適用した.事例では,週次定例会による情報共有,外的要因の事前把握,見極めポイントとバッファ設定,リソース明確化とスキルマッチングを実施した結果,要求変更の早期把握や,影響の最小化,要員重複や欠落を抑制できた.さらに,リスク費用を活用した追加要員投入により,当初計画と同等の成果を確保した上で,顧客要望も取り込めた.これらの施策は不確実性の高いプロジェクト全般に有効であることを示した.
竹市 嘉一郎
近年の大規模ITシステム開発プロジェクトは,技術高度化と利害関係者の多様化により複雑性が増し,ステークホルダーの正確な把握と効果的なマネジメントが成功の重要要因となっている.本稿では,①ステークホルダー分析の定量評価の不足,②関係性の可視化の不十分さ,③分析・マネジメントに割けるリソースの不足という課題に着目する.これらを解決するため,ステークホルダーマトリックス,ステークホルダー関連図,ステークホルダー分析シートの三つのツールを用いた手法を提案する.提案手法では,立上げ時にステークホルダーの影響力・権限・関係性を整理し,実行時には課題・リスクの変化を基点に継続的な再分析を行う.実案件への適用結果として,影響度や関係性の定量把握,合意形成相手の明確化,分析作業の効率化が確認された.本手法は,大規模プロジェクトにおけるステークホルダー対応の高度化とプロジェクトマネジャーの意思決定支援に寄与する.
棚町 智宏
大規模プロジェクトは,顧客,自社,他ベンダーが複数の組織にまたがって遂行される場合が多い.その為,組織内の合意形成や組織間連絡といったプロセスに時間を要しやすく,認識齟齬の発生などのコミュニケーション課題が生じやすい.大規模プロジェクトでは,会議体やステークホルダーは定義されているものの,ベンダー内チーム定例/顧客内チーム定例/横断定例などの多段階の報告過程における報告内容の簡素化や,会議時間不足による説明不足により,ステークホルダーが課題を正確に認識できない場合がある.その結果,課題の原因/影響/重要度が十分に共有されず,影響が顕在化するまで対策が遅れる事象が生じている.本稿では,コミュニケーション不足を起因として,作業計画の変更,日程調整の工数増加,他プロジェクトへの影響といった三つの課題が生じたプロジェクトに対して実施した,コミュニケーション内容やスコープの見直し,ステークホルダーへの働きかけといった対策について紹介する.また,その対策によって得られた,顧客上位層を含めた情報共有の円滑化と他プロジェクト影響を抑えた日程調整,リスケ発生を想定した体制の確保といった効果について紹介する.
金澤 京子,飯塚 裕基,金子 敦,中島 雄作
本稿は,ソブリンクラウドを構成する2つのクラウド間のネットワーク構築に関するプロジェクトにおいて,若手メンバが経験したスケジュールマネジメント,統合マネジメント,コミュニケーションマネジメントの改善事例について述べたものである.基本設計のなかばで大幅遅延していることが判明した.そこで,現状把握をしたところ,クラウド仕様起因,問い合わせ資料作成,メール作成&返信の3つの作業が全体工数のうち94%を占めていることがわかった.5つの真因が究明でき,最終的には,(1)プロジェクトメンバが使用するQ&A表の改善,(2)作業手順の標準化・同一化,(3)情報共有の場の充実(朝会と勉強会の開催)の3つの対策を実施した.その結果,当初計画よりもさらに12%工数削減を達成することができた.
久保山 友心
一般にスクラム開発では,自律分散的な意思決定や継続的な対話を通じて,高い機動性と適応力を発揮するとされる.しかし,大規模スクラムにおいてコード調整や仕様調整が継続的に発生し,自律性が十分に機能しにくい.特にオフショアチームが混在する場合,言語的・構造的制約により情報遅延や認識のずれが生じやすく,自律的な判断も困難となる.本研究対象では一つのマイクロサービスを七つのスクラムチームが分担し,オフショアチームにおける情報遅延と自律性低下が顕著であった.そこで本研究では「自律分散の利点を保持しつつ,円滑なコミュニケーションが成立しない領域は仕組みで補完する」という方針を採用し,情報窓口の明確化,インプット/アウトプットの標準化,不具合管理フローの標準化といった施策を導入した.その結果,コミュニケーションコストが大幅に減少し,オフショアチームは開発業務へ安定して集中できるようになった.本論文では,これらの取り組みとその効果を整理し,大規模スクラムにおけるオフショア参入を実現させるための実践的アプローチを示す.
宮島 賢悟
近年,不確実性と複雑性が増す事業環境の中でデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation; DX)推進や生成型人工知能(Generative Artificial Intelligence; 生成AI)活用が加速し,ITシステムはさらに高度化しつつある.こうした中,システムインテグレータが顧客価値の実現に貢献していくには,プロジェクトで得られた知見や教訓を組織的に蓄積し,次のプロジェクトへ確実に反映させる仕組みが不可欠である.特にプロジェクトマネジメントオフィス(Project Management Office; PMO)は,成功要因や課題を分析し,知見や教訓を組織のプロセス資産として全社へ浸透させる中核的役割を担っており,その重要性は一層高まっている.本研究では,顧客システム開発を主とするシステムインテグレータにおいて,客観性を高め,視点の偏りや認知バイアスを低減し,本質課題の抽出と再発防止策の精度向上を図る振り返り手法を提案する.本手法の適用により,個別プロジェクトの改善にとどまらず,全社的なプロジェクトマネジメント力向上に寄与する効果が確認された.また,課題の抽出や再発防止をより深化させていくには,顧客視点や自社の事業推進視点の考慮について検討が必要であることが分かった.本論文では,本手法の考え方,全社PMOを核とした推進プロセス,実プロジェクトでの適用事例について述べる.
鈴木 大介
要件定義工程における成果物(要件仕様の明確化)は非常に重要であり,プロジェクトの成功や失敗に大きく影響することが報告されている.この問題を解決する為,「将来を見据えた要求仕様を顧客と共に作成する」という対応が非常に有効であると考えている.具体的な検討内容としては,要件定義工程での課題や原因を仮説思考で考え,要求工学を活用して要件を明確化し,全体の共通認識を固めることが重要であると考える.また,実際の現場で解決策を評価する為,本システムの要件定義の過去の問題や解決策も振り返り,対応としての有効性の評価を行う.結論として,要件定義工程において要求工学(REBOKフレームワークの導入)を導入することで,要件定義工程の成果物の品質が向上し,結果としてプロジェクトの成功に大きく貢献することが期待できると考える.
竹内 大樹アレクサンダー,萩原 淳,岳上 佳嗣
現行で運用されている多くのレガシーシステムでは,有識者不足や設計情報の欠如により保守・運用が年々困難になっている.本来は新システムへの刷新が望ましいが,移行コストや有識者・設計書不足などの制約から実現が難しい.本研究では,COBOLやPL/Iで構築されたメインフレーム系システムを対象に,生成AIを用いてプログラムおよびJob Control Language (JCL)から設計情報とデータ関係性(データリネージ)を復元するアプローチを提案・適用した.生成AIにより機能概要,処理フロー,機能詳細を自動生成することで,専門知識がなくても理解可能な設計情報を得ることができた.また,システムから外部に連携されるデータの情報を可視化し,データソースのトレーサビリティやデータ信頼性向上に寄与した.一方,詳細レベルのデータ関係性生成には課題が残ったが,有識者不足対策や将来的なシステム移行に向けた基盤整備として一定の有効性を確認した.
中村 和徳
システム更改における品質保証手法として,現新比較は現行機能の踏襲を検証するうえで有効なアプローチである.品質を重視するシステムにおいては,現新比較の検証範囲を本番データバリエーションを用いた全量一致まで拡大する場合がある.しかし全量一致は,試験手順の複雑化や判定基準の曖昧さにより,計画通りの遂行が困難になりやすい.「全量一致」の定義が曖昧な場合には顧客との認識齟齬が生じやすく,実データを扱う過程で比較観点が変質することで再試験が多発し,工期およびコストの増大を招く.本稿では,全量一致に内在するこれらの課題を実践事例から整理し,顧客期待と試験計画の変動リスクのギャップを最小化するアプローチを提示する.具体的には,本番相当データと手順を用いたリハーサルの導入,再構築手法を軸にした比較観点の明確化,品質担保の根拠に基づく合意形成プロセスの導入を対策として実施した.これらの取り組みにより,観点変更や再試験の発生を抑制し,計画通りに全量一致試験を完遂するとともに,顧客の期待に応える品質判定を実現した.
大戸 清嗣
本稿は,商用ミドルウェアをOSS(Open Source Software)に置き換える際に必要となる技術調査・検証プロセスへ生成AI(Artificial Intelligence)を適用し,その効果を評価したものである.調査は,既存フレームワーク解析,OSS選定,試行実装,テストケース作成,動作確認の5工程で構成し,そのうち4工程を生成AIと対話的に実施した.その結果,従来約29日を要すると想定される作業が4.5日で完了し,約85%の工数削減を実現した.生成AIはコード解析,OSS比較表の作成,実装生成,テスト設計など知的作業の広範に寄与し,品質面でも実務利用可能な水準に達した.これによりプロジェクト初期段階の不確実性低減と見積り精度向上に効果があることが示された.本研究によって,生成AIが技術調査プロセスにおけるプロジェクトマネジメントを大きく変革できる一つの事例を示すことができた.
小高 康之
自治体・公共分野におけるステークホルダー・マネジメントは,専門性の高い情報理解度の差異,承認プロセス多段化による調整遅延,説明責任・監査に伴う対応の増大,役割・権限を維持し上位層へエスカレーションすることの難しさ,対応範囲・条件と責任分担の不明確さによる対応水準の期待値調整の難しさ,複数事象発生時の優先度判断の難しさなど特有の課題を抱える.本稿は,これら課題に対してエンゲージメント関連の調整手法に着目し,協働プロセスを主対象に合意形成を円滑化する調整モデルを検討した.提案モデルは,事前準備・説明を核に,関係調整/規範準拠志向の説明手法の切り替え,条件明示型の段階的合意(暫定・恒久対策の順序立った合意),役割保全型エスカレーション(役割・権限を維持し上位層を巻き込む),影響度基準の緊急度選定(優先度付け)を統合する.事例適用により,発生事象への暫定対策の条件明示,上位層早期巻き込みが意思決定を促進し,窓口の役割・権限の維持,説明責任に資すること,影響度基準の緊急度選定が優先度判断に寄与することを確認した.一方で複数窓口や組織横断構造への適用,定量評価標準化,人材育成は残課題である.
田中 俊匡
大規模 IT プロジェクトのシステムテスト計画では,上流工程の知識を持つ要員が不足し,品質確保と進捗維持を同時に実現することが難しくなるケースが多い.これらの課題に対処するため,専任のテスト計画リーダーを配置し,計画立案や関係者調整を体系化し, テスト計画チームを育成しながらプロジェクト運営することとした.さらに,顧客・ベンダー間の協調や検討作業を継続的に支援する体制を整備し,定例会議や成果物レビューを通じて認識差を早期に解消した.また, Schedule Performance Index / Cost Performance Indexを活用した定量的監視により,開発側の負荷や計画の実行性を継続的に確認した.こうした取り組みにより,システムテストを予定どおり開始でき,品質および進捗管理の両面で高い有効性を示すことが出来た.
岡田 脩平
本稿は,他者への応答を軸とする倫理哲学的観点を踏まえ,オフショア開発の公開事例を素材に異文化プロジェクト協働に対する新たな視座を提案する.グローバル化の進展に伴い,異なる文化的背景を持つメンバーが協働するプロジェクトが増えている.従来,異文化協働の困難に対しては,国別の文化指数や類型指標に基づき差異を説明・管理するアプローチが主流であった.しかしこれには,他者を文化的カテゴリーに還元して「把握」するという認識論的問題が内在している.本稿では,他者への応答を軸とする倫理哲学的視座を概念的・再解釈的に適用し,その説明力を検証した.分析の結果,成功事例に共通する実践は,文化的知識に基づく「予測と管理」ではなく,具体的な他者との「出会いと応答」を重視するものであることが示唆された.本稿の意義は,異文化協働における倫理的態度の転換,すなわち「理解」から「応答」へ,「管理」から「責任」への転換を促す哲学的基盤を提示した点にある.なお,本稿は概念的検討にとどまり,実証的検証は今後の課題である.
横沢 邦一
近年,システム開発プロジェクトで扱う課題の範囲は拡大し続けており,従来は手作業で行われていた業務を最適化技術によって自動化しようとする取り組みが増えている.技術革新の加速や外部環境の変化が進む中で,プロジェクトの進め方もそれに応じて適応する必要がある.その結果,プロジェクトマネジメント手法が変化するスピードはこれまで以上に速くなっている.しかしながら,プロジェクト全体の成功を左右する上で,要件定義工程が果たす重要な役割は依然として変わらない.特に最適化プロジェクトでは,要件を概念的に議論するだけでなく,実際に最適化モデルを構築し,その問題が解けるかどうかを要件定義段階で確認することが不可欠である.本論文では,計画最適化プロジェクトの要件定義工程において発生するスコープの拡散などの課題に対し,スコープマネジメント施策を検討し,それらの有効性を評価した.有効性評価の結果,スコープの明確化,課題の共通認識化を実現でき一定の効果を確認した.
頃安 敏文
本論文では,ネットワーク監視システム(Network Monitoring System)(以下NMSと称す)の開発プロジェクトにおける2つの不採算事例から,失敗要因を分析し,健全な契約とマネジメントの重要性を考察する.1つ目は,ウォーターフォール方式の契約だが実態はスパイラル方式になっており,開発工程を完了出来ない状態にあった.また体制面ではキーマンの引継ぎなき退職で契約と実態が乖離したままかつ,不完全な体制でプロジェクトが進んでいた.2つ目は,本稼働後に障害が続き,問題を解消しようとしたものの,スキルや体制不備から目的を達成せず,新システムを顧客が使えない状態にあった.しかし問題がエスカレーションされず,コンプライアンス上問題のある発注をしてまで現場で解決を図ろうとしていた.これらプロジェクトでは表面的な問題は各々異なるが,原因の本質は不健全な契約,およびその事実を検知できなかったマネジメントにある.これらの事例から得た教訓をもとに,再発防止策を提案する.
河口 慈
生成AIを活用したソフトウェア開発技術において,vibe codingのような試作レベルの開発事例は多いが,高い品質が求められる商用システムの開発におけるノウハウは十分に蓄積されていない.今回我々はそのようなシステムの資材を用いて,生成AIを用いた開発においてどのような品質面のリスクがあるのか,それをプロセス面でどのように対処できるかを検証した.たとえば,機能全体の仕様書や規約類を与えて一度に大きな作業指示を与えると,入力資料の情報を一部無視することがある.これに対して,テスト駆動開発の要素を取り入れて作業単位を小さくすることで精度を向上させることができた.またマネジメントの観点では,生成AIの再現性の低さやブラックボックス性から品質や生産性の予測が困難になったり,不具合の解析が難しいといった問題が生じることがある.これに対しては,プロンプトの規格化や会話履歴の記録によって安定性の向上およびトレーサビリティの確保を実現した.
加藤 謙一
基盤システムにおける設計時の品質は,ドキュメントのページ数をベースに基準値を設け,評価することが多く,複数チームで設計を担当する場合,設計の進め方やドキュメントの作成レベル等の基準を統一しておくことが品質を確保するために重要となる.本プロジェクトは,基盤システムをオンプレミスからクラウド環境へ再構築するもので,新規機能と既存機能を複数チームで分担して開発した.厳格なスケジュール管理と後工程の手戻り防止を目的に,「工程開始前の作業実施計画書の策定」と「事前検証環境での機能確認」を上流設計工程での品質確保策として適用した.計画書では設計フロー,ドキュメント作成基準,レビュー方法,品質基準,完了条件を明確化し,チーム間の認識統一と設計書の記載レベルの標準化を図った.事前検証環境ではクラウド特有の動作や性能を早期に確認し,課題を基本設計工程内で速やかに解決した.その結果,全体の不良密度は基準範囲に収まり,特に新規参画チームの品質向上に効果が見られた.一方,検証環境の構築には期間・コストの見極めが必要であり,クラウド環境の継続的更新に伴う維持費の考慮は今後の課題となる.
高橋 淳,野村 和哉,野口 啓一郎
従来のシステム開発における受入審査は,仕様への適合性を確認する機能検査や非機能要件の確認が主であり,アジャイル開発やデジタルトランスフォーメーション推進で求められる「ビジネス価値の創出」を評価するには不十分であった.また,ビジネス収益(Key Goal Indicator)は遅行指標であり,システム自体の成果(Key Performance Indicator)を測る指標としては即応性に欠ける.そこで本研究では,ISO/IEC 25010「利用時品質」を用いた受入基準を検討した.しかし,単一の基準による評価では,多様な利用者が混在するシステムの実態を反映できないことが判明した.本稿では,この課題を解決するため「ユーザーセグメント別重み付け手法」を提案した.本手法は,利用者属性ごとに品質特性の重要度を設定し,加重度を用いて評価するものである.これにより,曖昧な「顧客満足」を定量化し,どのセグメントのどの品質特性が価値を棄損しているかを可視化することに成功した.本モデルは,プロジェクトの成果を「価値」の側面から測定する実践的な理論基盤となる.
福島 寛貴,江上 侑希,井上 恵太
システムインテグレーション事業を展開する当社では、プロジェクト崩れの抑止を目的に専門組織(PMO)による点検を行っているが、人手で点検できる件数の限界から、高リスク・大規模な案件に対象を限定している。点検範囲を広げるため、機械学習(コストの回帰予測)による悪化予兆検知に取り組んできたが、報告文などの定性情報活用、予測根拠の提示、早期からの予測提供が課題となっていた。本取り組みでは、これらの課題を解消するアプローチとして生成AI(LLM)を採用し、週報・月報などの定性情報からの推論により悪化リスクの判定と予測シナリオを生成する仕組みについて、プロトタイプを用いた評価を行った。その結果、網羅的なプロジェクト点検を支援する手段として有効であることが確認できた。本稿ではこの手法について、従来手法との比較、プロトタイプを用いた有効性・実現性評価の結果、および今後の展望について報告する。
佐藤 匠
現代の情報システム開発において,顧客ニーズの多様化や技術の進化によって,企業の目的に合わせたシステム構築が重要となる.システムを刷新するにあたり,情報化構想は企業や組織の経営戦略とIT戦略の連携を図り,長期的な視点に立ったIT投資の方向性を示すものであり,システムの効果的な導入を保証するために不可欠な工程となる.AIの進化により開発が自動化され,SEの役割は超上流に変化していくと推考する.SEの価値を高めるためにも情報化構想立案の重要性を論じ,工程の適切な進め方の枠組みを確立することが重要である.情報化構想立案は,単なる計画策定段階を超え,企業戦略の推進において重要な役割を担う.適切な工程管理と戦略的な視点の導入が,IT投資の効果最大化と企業競争力強化を実現とする.本論文は,情報化構想の工程を戦略的に位置付け,実務に落とし込むための指針を表し,経営層やシステム企画担当者が,情報化推進のための基礎的かつ重要な知見を得るため,今後も変化するIT環境において戦略的な情報化施策を展開するために必要な決め手になると考える.
中野 真菜美
本論文は,ミッションクリティカルな大規模行政システムにおけるクラウドリフトによるモダナイズを計画・実行する過程において,業務継続性と品質の観点から判断基準・評価方法を確立し,その過程で得られたマネジメント手法を報告するものである.政府方針に則りオンプレミス環境からクラウド環境への移行プロジェクトにおいて,移行前後の業務継続性と品質を客観的に確認・担保することは必要不可欠である.そのため,全400機能・1000テーブルを対象とした大規模な現新比較テストを短期間で実施することが全体方針として掲げられた.この方針のもと,従来は機能ごとに個別に最適化されていた現新比較テストのプロセスを,HTTP通信を基盤としたテストフレームワークとして再構築した.その結果,膨大な業務量と複雑な業務パターンを再現した検証を約2週間で実現し,移行前後における業務継続性と品質を客観的に確認・担保することができた.この方法論は他のモダナイズプロジェクトにも適用可能であり,ミッションクリティカルシステムのモダナイズにおける判断基準として,顧客の意思決定を支援する有効なマネジメント手法であることを示す.
鈴木 佐俊,肌附 奈保美,李 磊,新関 孝嗣
本研究は,AI投資の価値評価が財務指標に偏る現状を課題と捉え,従業員とAIの協働による価値創出に着目した新指標「Return on Employee (ROE)」を提案する.ROEは,AI導入による収益増加や顧客満足度向上,業務時間の創出といった多面的な効果を統合的に評価する点に特徴がある.特に算出上の要点であるAI Returnのモデル化に対し,アンケート調査に基づく対数正規分布を用いたAI Return Ratioの確率的解釈を示し,さらにAIの実効利用率を取り込むことで,導入効果の過大評価や組織的障壁を可視化する手法を示した.ユースケース分析を通じて,ROEが企業の戦略的意思決定を支援し,AI投資をコスト中心の評価から人とAIのシナジーによる価値創出へと転換する基盤になりうることを確認した.
谷口 俊郎
運用保守業務では安定運用が最優先され,改善提案と学びの共有が停滞しやすい.特に収束期では運用が安定に向かう一方で,改善提案に対しては優先する価値(品質・納期・リードタイム)の差異がチーム間で衝突する要因となり,挑戦の先送りや,獲得知識の共有が滞りがちである.本研究は,システムエンジニア(SE)の運用経験に加え,高等学校の教育ICT変革を多様な利害関係者の合意形成と体験設計による行動変容で実現した異職種経験を基に,挑戦文化を既存運用の制約下でも持続的に機能する仕組みへ再設計した.心理的安全性,提案と再利用による知識循環,即断即決を促す意思決定プロセスを統合し,人間関係スキルとして運用に落とし込んだ.その結果,チーム間衝突が解消し,業務改善に関する提案件数が増加し,新規提案を含む知識の再利用率も向上した.また,突発対応等に確保している見込み工数のうち,改善活動に振り向ける割合は,5%では効果が出ず,15%では対応過剰となり,10%前後が最も成果につながった.価値創造は人間関係スキルに支えられており,本研究での挑戦文化の再設計の有効性を示す.
三浦 主税
高齢化に伴う労働人口の減少が進行する中,システム開発現場では若手エンジニアが早期にリーダー役を担い,プロジェクトマネージャー(PM)としての役割を求められる機会が増加している.こうした状況において,技術的能力に優れたエンジニアであっても,技術的専門性とPMとして求められるスキルとの間にギャップを感じることは少なくない.著者は,この背景には,リーダー経験のない技術者達が,プロジェクトマネジメント知識や手法を体系的かつ再現可能な形で習得できていない可能性があると仮説を立てている.本稿では,筆者が実施した若手のリーダー層を対象としたアンケート調査の結果から,社会のPM業務に対する認識の傾向を明らかにし,企業がPM育成において検討すべき内容について提案した.
東條 大輔
本研究は,プロジェクト振り返りを効果的に実施するための実践的アプローチを検証したものである.従来,プロジェクト振り返りは終結後に一括して実施されることが多く,共通的な事象の整理には有効である一方,個々のメンバーが経験した出来事の言語化が乏しく,学習や改善に十分結び付いていないという課題があった.本研究では,大規模システム開発プロジェクトを対象に,KPT法による体系的な振り返りに,応用行動分析(ABA)のABCモデルに基づく行動設計を組み合わせた手法を導入した.工程ごとのリアルタイムまたは定期的な記録と,「振り返り会」による社会的強化を取り入れた結果,基本設計工程のみで104件の振り返りが蓄積され,従来の終結後一括型手法と比べて量・質ともに向上が確認された.特に,個人経験に基づく暗黙知の形式知化,次工程への改善接続,肯定的フィードバックによる学習循環の促進が顕著であった.本研究は,行動科学に基づく環境デザインが内省の方向性を調整し,振り返りの質を高める可能性を示しており,組織における学習文化の醸成に資する知見を提供する.
藤本 幸史,吉川 亨
事業継続性の担保および今後四半世紀にわたるシステム基盤構築を目的として,インフラを更新するプロジェクトが発足した.30年取引のある顧客であるが、定義したスコープの領域だけを計画通りに遂行するマネジメントスタイルだった.そのためスコープ外領域で問題があった場合は,顧客が対応することとなり,進捗の遅延や本番稼働直後に重要システムが停止する事案が発生し,顧客が大きな損失を被っていた.今回もそのスタイルを踏襲してプロジェクトを開始したが,プロジェクトマネージャとして俯瞰した際に違和感を覚え,失敗リスクをとりながらも,物事の判断基準を自社からプロジェクト価値に変える決断を行った.スコープ外タスクへの介入や費用整合の進め方改善を通して,自らが変わり,ステークホルダも変わることで,プロジェクトが一枚岩となり,結果として納期を遵守,本番稼働後も大障害なく稼働.顧客の期待値を超える成果を挙げることができた.
福田 幹太,松田 文明,加藤 尚樹,林 璃央
本稿は,開発プロセスにて生成AIを適用するにあたっての,従来のプロジェクトマネジメント手法に対する変化点を研究した結果を記すものである.具体的には,大規模プロジェクトで一般的なウォーターフォール型開発では上流工程の設計の不確実性を下流工程で吸収する開発形態である.一方で,本形態の開発で生成AIを適用する場合,設計内容から製造・テストまで一気通貫で行われるため,「上流工程の不確実性を下流工程で吸収する」ことが半ば容認されていた従来の意思決定構造は大きく変革される.本研究は,前述の構造変化を踏まえ,ウォーターフォール型開発から生成AIを前提とした開発プロセスに変容する,いわば「過渡期」においてのプロジェクトマネジメントのあり方を再定義の上,あるべき人材と組織モデルを提示する.本稿の貢献は,生成AIを開発プロセスに適用・実践することが当たり前になってきた現在でも,「PoC水準」にとどまるプロジェクトに対し,これを技術上の問題としてではなく,「マネジメントのあり方の転換」として捉え直すことで,生成AI時代に対応した人材配置・役割設計を検討するための理論的視座を提示した点にある.
久田 大地,山本 淳一,中野 賢
本研究は生成AIを活用した品質保証ツールの導入障壁を低減し,品質保証業務の効率化と知見共有を促進することを目的とし,76個の品質保証向けツールを統合したうえで利用者のITスキルレベルに応じて2種類のユーザーインターフェースを提供するAIエージェントを提案する.提案手法は,Model Context Protocolを基盤とし,AIエージェントが利用者の質問内容を解析して最適なツールを自動的に選択・実行する.提案手法の評価のため品質推進者17名による試用と定性評価を実施した.定性評価では,使いやすさ,業務効率化への貢献度,属人化解消・知見共有への効果,一貫性のある品質判断への寄与の4項目で行い,すべての項目で平均3.24から3.76の結果を得た.特に,属人化解消・知見共有への効果が最も高く,平均3.76であった.また,8割以上の評価者が品質保証AIエージェントの利用に概ね満足していることが確認され,提案手法を介した品質保証ツール利用の有効性が示された.今後は,品質保証ツールのさらなる拡充と品質推進者だけでなく開発者への利用者拡大を進めていく.
長谷川 智哉
現代のビジネス環境はDX加速に伴い急速に変化しており,システム開発にはスピードと柔軟性が求められている.特にIT人材不足が深刻化する中で,アジャイル開発,ローコード・ノーコード(LCNC)開発が注目される一方で,いかなる開発手法においてもプロジェクト成功には正確な見積もりが不可欠である.しかし,LCNCのような新技術領域では類似事例が少なく,見積もり手法の確立が課題となっている.この課題は,新たな技術が次々と登場するIT業界において普遍的である.本稿 では,某通信事業者向けシステムの開発事例を対象とし,スピードとコストを重視したLCNC開発における見積もり精度向上の取り組みを紹介する.本研究の中心となるアプローチは,経験や勘といった客観化が困難な要素(規模,習熟度など)を,ツール特性や学習プロセスに基づき具体的な指標として定義し,見積もり精度の向上に結びつけるというものである.この事例から導かれる知見は,LCNCに限らず,AI開発のような新領域における不確実性の高いプロジェクトの見積もり課題にも適用可能であり,変化の激しい技術環境における汎用的なアプローチとなり得る.
玉井 恭平
複数のプロジェクトによって構成されるプログラムをマネジメントする上では,各プロジェクトの状況を迅速かつ的確に把握し,適切な意思決定を行うことが求められる.しかし,現場のプロジェクトマネージャのスキルレベルにはばらつきがあり,報告資料の品質にも差が生じる.そのため,プログラムマネージャが限られた報告時間の中で状況を把握し,網羅的に問題やリスクを抽出することは容易ではない.EVM などの管理ツールを用いることで QCD の定量的な把握は可能になるものの,内部リソース状況,ステークホルダー動向,技術的課題といった要素を踏まえた打ち手の検討には,プログラムマネージャが蓄積してきた知見に依存する側面が大きい.本論文では,この課題に対し,有識者の知識を活用可能な RAG(Retrieval-Augmented Generation)を構築し,報告資料の評価および修正方針を自動生成する仕組みを提案する.提案手法では,社内の開発標準や過去のリスク・指摘事例を知識ベースとして参照し,報告資料に対する評価および修正方針を自動生成する仕組みを構築した.いくつかの検証を通じて,本手法により報告資料の質が向上し,必要情報が適切に記載されることを確認した.今後は,RAGによる評価結果をプログラムマネジメントプロセスに組み込むことで,より網羅的かつ高度な意思決定支援の実現を目指す.
有若 新悟,欧 卓英
本論文は,VUCA時代における富士通のナレッジマネジメントの課題を指摘し,その解決策として双方向型のナレッジマネジメント手法の導入を提案する.従来の一極集中型ナレッジマネジメントは,VUCA時代の環境変化に対応できず,現場SEのニーズを満たせなくなった.そこで,現場の実践知を迅速に共有し,全社で活用する双方向型ナレッジマネジメントの必要性を論じ,ナレッジ共有・育成・活用の3要素のサイクル形成による解決策を提案する.具体的には,全社のナレッジを集約するハブサイトを基盤として,責任共有モデルの導入によるナレッジ共有の促進,ナレッジ統合を議論する場の設置によるナレッジ育成の効率化,多様な検索手段の提供によるナレッジ活用数の最大化といった取り組みを紹介する.クラウド領域における先行トライアルでは,ナレッジ提供数の増加,ナレッジの活用数増加,そしてコスト削減効果といった成果が得られた.今後の展望として,全社・全技術領域への展開,ナレッジ活用時のフィードバック促進,そして文化の醸成といった課題に取り組むことで,双方向型ナレッジマネジメントの定着化を目指す.
柿﨑 堅太
Hardware(HW)/ Software(SW)を兼ねたシステム評価において,一般的に結合試験や総合試験の実施後,第三者機関に委託し検査することで客観的なシステムの品質を担保する.従来では,製品ごとに手作業で一つ一つ設定し検査していたため,多大な工数が掛かっていた.そこで,プロセスを見直しフロントローディングを導入することで従来と同等の品質を担保しつつ検査の効率化を目標とし活動した.具体的には,受注型大型システムにおける検査プロセスを対象に,フロントローディングの考え方を導入し,後工程で顕在化していた課題を前工程で洗い出し,設定作業の自動化や評価手順・治具の標準化と共有といった改善を実施した.その結果,検査工程の効率化は個別作業の改善だけでは十分でなく,前工程において検査を見据えたプロセス設計と課題の事前解消を行うことが有効であるという知見が得られた.本稿は,これらの実践を通して得られた考え方と教訓を整理し,フロントローディングが受注型大型システムにおける検査プロセス改善の有効な思考枠組みであることを示したものである.
佐藤 慧
本稿は,人的資本経営推進における主要な課題認識として,ハイレベルな戦略と現場の実践との間に存在する乖離に焦点を当てる.人事領域におけるPMO(HRPMO)の思考様式および行動様式の変革こそが,この乖離を埋め,人的資本経営の実践を促進する中核的要因であるという仮説を提示する.富士通の三つの実践事例(CHRO Roundtable,エンゲージメント向上施策,戦略的開示対応)をHRPMOの視点から比較分析した結果,「職場伴走」「社会との共創」「分析の高度化」という三つの思考・行動様式の変革が帰納的に導出された.さらに,本研究では「中二階の原理」を適用し,HRPMOが上位理念を現場の実践に翻訳し,両者間の「ねじれ」を中和する「組織内翻訳者」としての動的な役割を担う可能性を提唱する.本知見は,大規模な組織変革プロジェクトにおけるPMOの媒介的機能に関する理論的発展に貢献するものである.
木下 翔平
社会インフラの老朽化が進行しており,その中でも道路橋の老朽化は深刻である.道路管理事業者は対策に取り組んでいるものの,熟練技術者の高齢化や属人的判断が問題となっている.このため,センサによる,動的特性に着目した道路橋健全性評価の新技術が研究されているが,社会実装され実用化に至った例は少ない.そこで,著者らは,新技術実用化のキーサクセスファクタを,出口戦略の明確化,土木ドメインへの技術の落とし込み,およびステークホルダ結合による機能統合の3点に整理した.これらに対し,専門家への技術認知を介した道路管理事業者の活用方法検討促進,ドメイン知識の獲得と社内浸透,および強みとメリットを勘案した協業スキーム設計により対応策を講じた.コンソーシアムを活用し本対応策を実践した結果,道路管理事業者の同意獲得をマイルストンとしながら継続的な改善を通じて出口を見極めたことで,道路管理事業者による採用へ結実した.本報告は,道路橋診断技術の社会実装を事例として,プロジェクトマネジメントの観点から,新技術の実用化の主要課題に対する解決策を考案し実践したものである.
西山 美恵子,青山 裕介
本研究は,企業の管理部門におけるサイロ化・属人化という構造的課題に対し,「アジャイル組織化」の取組を導入し推進してきた約3年間にわたる実践的取り組みの途中経過を報告するものである.近年,生成AIなどの技術の急速な進化やVUCA環境の加速,慢性的な人材不足など,外部環境が大きく変化する中,管理部門にもこれまで以上に,変化に対する迅速で柔軟な対応が求められている.しかし,計画志向・効率志向に最適化された管理部門では,新規業務への適応や部門横断的な課題解決が進みにくいという課題が存在していた.本取り組みでは,情報システム部門のアジャイル導入で明らかになった障壁を踏まえ,組織横断的な相互理解や共感を促進する「対話の場」を新たに設計した.この「対話の場」には,財務,法務/総務,人事,庶務,人財教育,情報システム部門の管理職・一般職が参加し,心理的安全性の醸成と部門間理解の深化が進み,協働するための土台づくりが出来た.2年目以降にも継続実施をして,部門横断業務の可視化など具体的な課題解決へのアクションへと繋げてる活動が開始された.これらの結果から,本研究は非開発部門へのアジャイルの原則に基づく“相互理解を基盤とした協働”の取組について実践的な知見を示し,同様の課題を抱えている組織にも有用性があるものである.
平田 和之
Enterprise Resource Planning(ERP)などの基幹システム導入プロジェクトでは規模の大きさから往々にして,システムのスコープが定まりにくい,業務要件が決まらないという要因からスケジュールの見直し,予算超過となるケースが後を絶たない.スコープや要件が不透明なままプロジェクトを推進することで徐々に業務をパッケージに合わせる方針がぶれてしまいアドオン機能の多発,結果的にプロジェクトの大きなリスクにつながっている.本稿では,上記の要因となる上流工程の進め方を目的別に2段階のフェーズに分けて進めて段階的にプロジェクトの方針・スコープおよび業務要件を整理した事で,プロジェクトのスコープ,スケジュールのブレを抑止した点をまとめたので報告する.
武田 大輔
近年,大規模システム開発では契約・予算制約からウォーターフォール型が選択される場面が多い.一方,開発期間が長期化すると,利用環境やセキュリティ技術の変化,関係者交代等により,要件定義時の合意が稼働時点で最適でなくなる.本稿の目的は,要件定義後に生じる差分を早期に顕在化させ,稼働直前の手戻りを抑える実践的な進め方を示すことである.公共系Webシステムの事例を対象に,総合テスト開始前の結合テスト工程で要件を再点検し,追加・変更要求を抽出して変更管理を実施した.さらに,稼働前に取り込む項目と稼働後に計画対応する項目を分離し,外部連携を含む影響を踏まえて対応時期を合意した.その結果,大規模な改修の集中を回避し,カットオーバーへの影響を最小化できた.
松岡 秀平
システム開発では,顧客の関心が主として業務機能に向けられ,性能や可用性といった非機能要件は問題が顕在化しない限り意識されにくいという構造がある.このため限られた予算や期間の中で機能要件の実現が優先され,非機能要件の検討や検証が後工程に先送りされやすいという傾向がある.更に近年では,技術の多様化や要求の高度化,開発期間の圧縮,IT人材不足といった制約が重なることでますます非機能品質確保が先送りされ,開発終盤やサービスイン後に,特に大規模なプロジェクトになればなるほど致命的な影響を及ぼす問題が発覚するリスクが増加している.本発表では,従来の非機能品質確保が工程単位・個別対応に留まりがちであった点に対し,品質目標・リスク・対策・役割分担をプロジェクト全体で一貫して設計・共有する「非機能品質保証ストーリー」の枠組みを提示する.組織として累計5000件に及ぶ非機能設計および性能問題対応の実践から得られた知見を基に,プロジェクトライフサイクル全体を通じて非機能品質を計画的に担保するためのマネジメント上の実務的な取り組みとして,品質保証ストーリーを構成する要素およびその設計手順を示す.
原田 勝弘
従来のプロジェクトマネジメントでは,品質・進捗・コスト等の情報がシステムごとに分散し,プロジェクトを横断した一元的な状況把握が困難であった.また,特定ツールの利用プロジェクトのみが可視化の対象となるなど評価範囲にも抜け漏れがあり,リスク予兆の検知が遅れ対策が後手に回るという課題があった.この課題を解決するため,「プロジェクトリスク予兆ダッシュボード」を構築した.本システムは,EVM(Earned Value Management)情報等の定量的データに加え,AIが算出するリスク確率といった定性的評価も統合し,ツール利用の有無を問わず全プロジェクトのリスク度を多角的に評価し,プロジェクト軸で一元的に可視化する.これにより,リスク傾向による監査レベルの設定やAI確率等の基準に基づきリスクが高い,あるいは悪化傾向にあるプロジェクトを自動検知して組織長へアラート通知することで,問題が深刻化する前の早期是正を可能にする.また,組織長やプロジェクトマネージャーは客観的データに基づき迅速な状況把握と意思決定ができるようになり,組織的なフォロー体制が強化されることで,最終的にはプロジェクト品質の安定化と,ビジネス部門における自律的な品質マネジメントの実現に貢献することが期待される.
益田 英哲
近年のソフトウェア開発では,開発サイクルの短期化と要求変更の恒常化に伴い,組織的に統制された品質管理プロセスの重要性が一層高まっている.著者らは,事業部横断で標準化した品質管理プロセスの適用と定着化を推進しており,前回の秋季大会においてはその適用状況と得られた効果,ならびにAI技術の適用可能性について報告した.本研究では,標準プロセスの運用を継続する過程で新たに抽出された複数の改善課題に着目する.これらの課題に対し,AI技術を活用した改善アプローチを検討し,まず課題の構造化・可視化を行った上で,課題特性に応じたAI適用方法を整理した.また,AI適用に際して顕在化した導入上の課題についても改善に取り組んだ.本稿では,AIを活用した品質管理標準プロセスの設計とその確立に向けた取り組み内容を示すとともに,今後,実プロジェクトへの適用と効果測定に向けた展望について考察する.
栗原 敬介
地方公共団体等の公共事業領域では,標準化・法改正対応と政府共通クラウド基盤への移行が同時期に重なり,類似要件のプロジェクトが短期に多数並走する.この局面では各プロジェクトが個別最適に偏りやすく,横断での合意形成と状況可視化が不足しがちで,プロジェクト横断の進捗・品質の安定運営は難度を増す.人的リソースは限定的で兼務が生じやすく,リスク・問題・是正策等の知見を迅速・確実に横展開し,再発防止と迅速対応を支える仕組みの整備が重要課題である.本稿は,複数プロジェクトが並走する局面に適用可能なプログラム・ガバナンスの基本方針を提示し,設計・実装・評価の枠組みにおける中核施策と運用示唆を,実務記録と代表事象に基づき報告する.評価の結果,複数プロジェクトが並走する局面における運用面での一定の有効性と適用妥当性が確認された.得られた示唆に基づき,品質・進捗安定に向けた全体設計の方向性と課題・対応を示す.
垣東 伸明
既存システムの更改案件では,運用保守の要件を再定義せずに,現行踏襲とされることが多い.しかしながら既存システムが長期にわたり運用されている場合,ブラックボックス化した運用保守作業も存在する.現行踏襲として十分な調査をしないまま運用要件の定義・設計を行うと,運用開始後に作業漏れ・作業ミスといった問題が起こりがちである.更改後の運用品質を向上させるためには,運用保守のプロセス・ドキュメントを整備し,運用要員が内容を的確に理解して運用保守作業を行うことが重要である.だが,運用保守作業がブラックボックス化した状態では,運用要員だけで全ての作業を可視化することは難しい.そのため,運用要員と顧客が共創し運用保守作業を見直すことが有効であると考えた.筆者が担当したプロジェクトにおいては,顧客の参画を得て,顧客とともに運用保守プロセス・ドキュメントを全面的に見直し,運用保守作業の実現可能性の評価を行った.結果,運用要員・顧客双方が内容を理解したドキュメントを整備でき,ブラックボックス化した運用保守作業を可視化できた.これにより運用品質が向上し,顧客との共創が有効であることを明らかにした.
大塚 英司
本稿は,アプリケーション開発・保守プロセスに生成AIを導入する初期段階に着目し,導入効果と課題を事例として整理した.対象は保守および追加開発を担う5名体制のチームであり,生成AIによるドキュメント検索ならびにAIコーディングを利用した改修方針提案・仕様書作成支援を適用した.整理の結果,特定作業で一定の省力化が確認された.一方で,AI生成物の妥当性確認(検証コスト)の顕在化,プロンプト設計スキルの属人化が課題として抽出された.加えて,若手にとってはAIが「先輩」として機能し,熟練者にとっては「相棒」として生産性向上に寄与するという,スキル段階に依存した効果の差異も示唆された.以上を踏まえ,本論文は生成AI導入初期に検討すべき論点を体系化し,教育設計および運用ガバナンスの観点から本格展開に向けた示唆を提示する.
吉田 佳
金融機関が特定業務で利用する専用端末において,OSのサポート期限切れに伴う更改対応は避けられない課題である.特に,顧客の個人情報など高度な機密性を有するデータを扱う金融機関では,独自の高品質,高セキュリティ基準を満たすことが強く求められ,保守期限切れ端末での業務継続は許容されない.そのため,期限内に確実かつ品質を担保した更改完了が必須となる.しかし実務では,スコープ合意の不十分さに起因する構築手戻りやレビュー遅延が発生し,プロジェクト全体のスケジュールと品質に重大な影響を及ぼすリスクが顕在化している.本稿では,スコープ合意の早期化を実現するため,意思決定のための定期的な会議体の設置や,意思決定権を有する客先キーマンの関与を計画段階から増やす取り組みが有効に機能することを示す.また,専用端末の更改を委託されるベンダーを対象に,IPAが定義する共通フレーム2013における要件定義プロセスを企画プロセス段階で早期に合意することの効果を明らかにする.さらに,金融機関向け端末の特性に基づき,早期に合意すべきスコープ項目を整理し,実務で適用可能な知見を提示する.結論として,これらのスコープを早期に明確化することは,端末構築の品質向上,障害発生の抑制,および運用保守性の大幅な向上に寄与することが期待される.
高橋 啓斗,下田 篤
本研究では,チームの意思決定に対する感情知性と心理的安全性の影響を,LLMエージェントによる仮想環境で再現できるかを調査した.Zhouら(2020)の実験を参照し,記述統計量に基づき241名相当のデータを生成して54チームを構成し,海上遭難課題の討議をシミュレーションした.得られた意思決定パフォーマンスに対し重回帰分析を行い,論文に掲載されている係数との一致度を評価した結果,現段階では再現には課題があることを確認した.今後は,討議ログへの特性反映の点検と条件設計の改善により再現性向上を図る.
細貝 雅史
単一のプロジェクトにおけるマネジメントは,標準化された指針や組織内で統一された基準により,高い精度で実行・監視・コントロールが可能である.しかし,複数の相互依存システムが異なる事業者のもとで同時に移行する「マルチベンダー・一斉システム移行プロジェクト」では,事例が限られているうえ,システム仕様の差異や管理基準・用語の違いに伴うコミュニケーションの困難さ,特定システムの問題が全体へ波及するリスクなど,単一プロジェクトとは異なる課題が多い.本稿では,筆者がユーザ側全体プロジェクトマネジメントオフィス(PMO)の支援者として参画した複数の一斉移行プロジェクトにおける課題とその背景,並びに対応手法を整理する.特に,異なる文化を持つ事業者間ではコミュニケーションエラーが発生することを前提に,連携検証や移行品質を担保するための計画・実行・コントロール手法が必要であるという知見を得た.本稿は,これらの実践を通じて,一斉移行プロジェクト成功に向けた実務的示唆を提示する.
西田 祐規
本稿は,公的金融機関における大規模基幹系システムのモダナイゼーションを対象に,品質マネジメントの観点から実務的な成功要因を検討するものである.現行踏襲ニーズの強い再構築型プロジェクトでは,「今と同じ」という曖昧な要件定義,業務部門の関与不足,工程中盤以降の結果評価に依存した従来の品質管理手法が,品質問題や手戻りを招きやすい.本研究では,要件を「変えないもの・変えるもの・変わってしまうもの」に構造化する要件定義プロセス,業務部門参画型プロジェクト運営,工程開始時に品質強化策を定義し達成度を評価する品質マネジメント手法を提案した.現在進行中のモダナイゼーションプロジェクトへの適用を通じ,設計工程における合意形成の前倒しや設計品質不備の低減といった効果が確認されており,品質を上流工程から意図的に作り込むアプローチの有効性を示す.
谷 大輝
若手中心のプロジェクト運営では,メンバーがリーダーを正解者として絶対視し,自身の違和感を無知ゆえの誤解と自己検閲して沈黙を選ぶ傾向がある.この正解への依存は,不確かな発言を控える遠慮を生んでトラブルの予兆である弱い信号を埋没させるだけでなく,自ら考えることを放棄させ,若手の成長を著しく阻害する.本報告では,リーダーが自身の失敗談や試行錯誤を共有する自己開示を通じ,この障壁を解消した事例を述べる.リーダーが一人の人間としての側面を見せ,多様な視点での対話を求めたことで,若手の意識は自らの感覚への不信からチームの盲点を補う貢献へと変化した.この段階的な心理変容により,不確かな意見もチームに還元する姿勢が醸成され,リスクの早期回避と,若手が自律的に業務に向き合う主体的参画への転換を実現した.
辻 智博
社会に提供される情報システムの安定稼働は,デジタル社会において極めて重要なテーマであり,その実現には運用保守フェーズにおけるトラブル未然防止が不可欠である.しかし,システム構成や業務内容,体制,利用環境などの変化を十分に捉えられず,運用起因トラブルに至るケースは少なくない.本論文では,変化対応力に着目し,変化をリスク要因として明示的に扱う運用保守マネジメントを実践した事例を示す.定期的な点検と是正活動に変化要因を組み込むことで,事後対応中心の運用から未然防止型の運用へ転換を図った.その結果,運用保守に起因するトラブルの抑制効果が確認され,安定稼働に資する有効性が示唆された.本取り組みは汎用的な枠組みとして他システムへの展開が可能である.
籠宮 生馬
近年,多くの企業がデジタルトランスフォーメーション (DX) を推進し,その過程でレガシーシステムの刷新とビジネスモデル,業務プロセスの見直しを迫られている.このような状況下で,SaaSやクラウドサービス,標準化パッケージのような外部サービスを活用したシステム開発は,DX の目的に合致する有効な手段として注目されている.一方で,既存業務やレガシーシステムの仕様と外部サービスの機能との間に存在するギャップに対して,企業はどのように解消するか,要件定義の際に考える必要がある.この課題に対して本稿では要件定義における3つの対応策,業務プロセス変更による要件の割り切り,外部システム実装とAPI連携,パッケージ追加開発の三段階で体系化し、適用条件を筆者の実経験を用いて提示する.そしてそれら対応策を元にした汎用性と再現性のある意思決定枠組みの有効性を示す.
池田 卓海,下村 道夫
ビジネス創成PBL(以下,PBL)では,学生の実務経験不足等により有効なビジネス提案ができなかったり膨大な時間を要してしまうなどのリスクがある.近年,生成AIはアイデア創出など活用される一方で AIに依存しすぎると学生の学びを阻害するリスクもある.これらのリスクを低減するためには,PBLのタスク毎に学生が考えるべきか,AIに任せるべきかの形式知が一解決手段となり得るが,そのような体系的指針は確立されていない.本研究では, PBLにおけるタスクを6つの思考パターン(まずは人間から思考する,まずはAIに思考させるなど)で分類したうえで,タスク毎の学びの大きさに基づいて思考主体(人間かAIか)の順序を推奨する生成AI活用指針を提案する.大学生14名によりPBLの一部のタスクに対する検証実験を行った結果,提案指針を用いた群の論理的思考力の向上度合いが,AIを自由に利用させた群よりも高くなるという有意差が認められた.本研究での提案内容は,PBLの本来の目的である学習効果と,作業効率性及び成果物の質からなる学習生産性の向上を両立させることで, PBLのより効果的な実施に資するものと考えられる.
中村 和行
本論文は,従来のプロジェクトマネジメント手法における技術的問題対応の遅延,リスク管理の不備,要件定義の停滞という課題に対し,協調知能(Collaborative Intelligence)アプローチによる解決手法の有効性を実証したものである.大規模インフラ基盤構築プロジェクト(期間10ヶ月強,対象60システム,130台以上のサーバ,10社以上のベンダー関与)において,技術的問題解決,進捗・リスク管理,要件定義の3領域で生成AIを活用し,定量的効果を測定した.主要成果として,技術的問題解決時間を平均5時間から1.9時間に短縮(61.9%削減),潜在リスク発見を平均1週間後から即日に改善(7倍高速化),週次定例会議時間を90分から平均30分に短縮(66.7%削減),要件定義プロセスを4ヶ月から2ヶ月に短縮(50%削減)した.これらの効果は,品質保証体制とクロスチェック機能により,AIが誤った情報を生成するリスクを適切に管理することで実現された.本実践検証により,人の最終意思決定権を維持しながら,協調知能による大規模プロジェクトの効率的管理が可能であることを実証し,2013年富士通ビジョンの現実的実現可能性を明らかにした.
中村 信志
システム構築プロジェクトにおいては,その連携範囲に応じて異なる組織やチームを跨がり,それぞれのステークホルダーとの調整が求められる場面がしばしばある.筆者はこれを「境界横断型ステークホルダーマネジメント」という課題であると捉え,筆者が経験した2件の事例を基に分析を行った.金融機関特有の多層ガバナンス,定型化・標準化推進と既存運用継続の衝突,関係者によって異なる情報・前提を持つ非対称性といった問題が,プロジェクト遅延や認識齟齬の大きなリスクとなることを明らかにした.これらの問題を解決するために,三者間整理会による意思決定支援や標準と個別要件の差分可視化とリスクの明示,早期の一斉エンゲージメント,能動的フォローアップといった実践的アプローチを提示する.本モデルはPMBOKなどの原則と整合しつつ,金融系特有の複雑性へ適用可能であることを示し,再現性あるマネジメント手法としての有効性を確認した.
三浦 啓明
近年の大規模システム開発プロジェクトでは技術的専門化の進展により,機能軸に沿ったチーム編成が増加している.この分化された体制は設計整合性やベンダー間調整における課題を孕む.本研究はこれらの問題を解決するため,早期に「アーキテクチャ」「マルチベンダー調整」「プロジェクトマネジメントオフィス」「移行/切替」「運用」の横断チームを定義・導入し,各チームが設計・構築・テストフェーズで果たす役割と協力を検証した.分析の結果,横断チームの活動が構築フェーズの基盤となることが確認され,プロジェクトの成功には初期段階での役割明確化が重要であることが示された.この研究はシステム統合の効率化とプロジェクトガバナンスの強化に役立ち,実務における横断チーム運用の方法論を提供するものと考えられる.
徐 楽
.医療機関システムにおいて,機器の老朽化,メーカー保守終了,法改正への対応,セキュリティ強化,そして医療DX推進などの要因で,電子カルテの耐用年数が5,6年とされている.近年医療機関がシステムの「安定性」と「継続性」を求め,全面リフレッシュではなく,既存IT資産の有効活用の観点から,ソフトウェア構成を維持したまま,老朽化したハードウェアのみを刷新するハードウェア更新プロジェクトが増加している.本稿では,現行システムの安定稼働を維持しつつ,ハードウェア更新プロジェクト固有の「見えないリスク・課題」を特定し,いかにして納期・コスト・品質の制約を遵守するかプロジェクトマネジメントの観点からの考察を行う.
吉澤 宏祥
本研究は、海外パッケージシステム導入プロジェクトにおいて、組織内外の多様なステークホルダーが関与する多層的コミュニケーション構造が、意思決定の質と速度にどのような影響を及ぼすのかを明らかにし、さらにその改善策を提示することを目的とする。多層構造では、階層化された情報経路や役割分担の曖昧さ、専門性や認知の差異、加えて文化・言語差が重なることで、情報遅延や意味変容といった情報非対称性が生じやすく、意思決定の停滞や合意形成の長期化、不要な仕様調整など成果への悪影響を引き起こす。本研究では、典型的な情報歪曲として要求定義の誤解釈、判断基準の不整合、期待値の乖離を確認した。さらに、コミュニケーション構造の可視化、直接対話の拡充、情報共有基盤の整備、意思決定プロセスの透明化などが、問題の軽減と意思決定整合性の向上に寄与することを示した。
大野 晃太郎,劉 功義,石井 信明,横山 真一郎
プロジェクトマネジメントにおいてコミュニケーションの重要性は広く認識されている.しかし,コミュニケーションの質に関する評価は主観に依存しやすく,定量的な進捗指標に組み込まれていないことが多い.本研究では,コミュニケーションログとして時点毎の議事録を対象に語彙と意味合いを評価し,コミュニケーションに基づいてプロジェクトの健全性をスコアリング評価する手法を提案する.これにより,従来のEVMでは検知できない潜在的リスクを客観データとして可視化し,コミュニケーション計画やリスク低減策の見直しに寄与することを目指す.
橋本 啓
近年,自社パッケージソフトへのAI機能組み込みは,競争力維持に不可欠な課題となっている.しかし,社内のAI専門組織の役割は技術的助言に留まり,開発から運用までの実務責任は知見の乏しい既存チームが担うという構造的課題が存在する.この結果,開発現場では「AI特有の不確実な挙動を制御できず,リリース後の保守・運用も自力で行えない」という強い懸念が生じ,プロジェクトの着手が困難な停滞状態に陥っていた.本報告は,こうした現状を打破するため,AI非専門組織が専門組織のリソースを戦略的に活用し,持続可能な開発体制を構築するための「初動指針」を策定した過程を詳述する.リスクを最小化し,着手への道筋を論理的に整理するマネジメント手法の提示を目的とする.
青木 紀夫
本取り組みは,Software as a Service(SaaS)サービス基盤のアップグレード時における品質確保を目的とし,Artificial Intelligence(AI)を活用した影響分析とCenter of Excellence(CoE)によるスモークテスト,テスト範囲最適化戦略の有効性を検証する.従来のアップグレードプロセスでは,広範な影響範囲の特定とテスト実施に多大な工数を要し,アップグレード時期の延期や品質低下のリスクが課題となっていた.本取り組みでは,リリースノートを基にAIが変更箇所と関連機能を自動的に抽出し,影響範囲を特定する手法を開発した.さらに,特定された影響範囲に対してCoEが専門知識に基づいたスモークテストを実施することで,効率的かつ網羅的な品質検証を可能にした.このアプローチを実際のSaaSサービス基盤アップグレードに適用した結果,影響分析にかかる工数を92%削減し,アップグレードプロセス全体の工数を53%削減することに成功した.この成果は,AIと専門家による協調的なアプローチが,複雑なシステムアップグレードにおける品質保証の効率化と信頼性向上に大きく貢献することを示している.
阿部 笑子
本論文は,当社が中期経営計画で掲げる「共創型モデル」への事業転換に向け,今後構築すべき人材育成体系の“構想段階の提言”である.共創型モデルとは,顧客とともに課題を発見し最適解を協働的に創出するビジネスモデルであり,これを担う共創型人財には課題設定力・対話力・技術理解など多面的な能力が求められる.しかし,現行の研修体系の延長では育成が難しく,研修の追加だけでは対応できない.そこで本論文では,実践前の設計思想として,まず共創型人財を戦略的に確保するための人財ポートフォリオ設計を起点とし,「誰に・何を育てるか」を定義する必要性を示す.さらに,研修に加え,実務経験,1on1,キャリアデザインシート,伴走支援を統合した“学習と実務の循環構造”を構想し,育成を経営インフラとして再構築する方向性を提案する.
細谷 勇希
独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「障害管理に関する調査」が指摘するように,社会基盤を支える情報システムのインシデントは,国民の生活および経済活動に重大な損失をもたらしうる.特に自治体システムでは障害が社会的注目を集めやすく,インシデント抑制は単なる開発・運用工数の削減にとどまらず,顧客満足の低下,損害賠償,取引停止等のリスクの緩和に直結する.そこで,当該事業体におけるインシデント管理の実施内容と課題を整理し,課題解決として実践したインシデント分析に基づく施策を立案した.インシデント(サービス提供に影響を与える障害・不具合事象)を対象に,サービスインに関連する事象の発生頻度と原因区分別の発生傾向をグラフ化して分析するとともに,なぜなぜ分析(組織内では「なぜ3分析」と称する)により主要因を抽出した.分析結果に基づき,インシデント発生可能性の高いプロジェクトを事前に可視化する枠組みを構築し,組織的な抑制施策を実施した.その結果,対象期間におけるインシデント発生頻度の低減を確認し,予防的介入の有効性が示唆された.今回の取組みにより,定量的傾向分析と原因分析を統合した実務的アプローチが,公共系情報システムのプロジェクトマネジメントにおける品質向上に資することを示すことができた.
松本 誉史
トップダウンで全社横断の顧客マスタを構築し,段階的に各業務領域を刷新するプロジェクト形態が見られる.この形態は,データ統合の過渡期において,業務継続のためシステムを現行仕様で稼働させつつ,データ統合案件を並走させる必要がある.データ統合は影響範囲を拡大させ,案件数の増加とともに調整コストを急激に増大させる.この制約下で,いかに並走案件をスケールさせるかが課題となる.本稿では,顧客マスタを業務ドメイン別の内部構造をもつデータモデルとし,そのモデルを前提としたチーム編成によるプロジェクト推進方法を提案する.具体的には,業務ドメインに対応したデータモデル設計,データモデルを基準とした開発チームの編成,横断領域の別チーム化を行った.実プロジェクトへの適用の結果,並走案件数は初期開発の2案件から,3件のデータ移行を含む最大10案件まで拡大し,本手法の有効性を確認した.
岡田 和樹
官公庁向けPC(Personal Computer) LAN(Local Area Network)運用サービスでは,職員PC環境,コミュニケーション基盤,ネットワーク基盤,セキュリティ機能の運用に関わるマネジメントプロセスを定義する必要がある.これらはITIL(Information Technology Infrastructure Library),デジタル・ガバメント推進標準ガイドライン,社内品質規定への準拠が求められ,従来は各プロジェクトで個別に策定されていた.しかし,多様な規定を踏まえて実態に即したプロセスを定義するためには,高度なスキルと工数が必要であり,成熟度にも差が生じているという点が課題であった.そこで,複数プロジェクトのプロセスを参照し,共通化可能な要素を統合した標準プロセスを策定する取組みにより,この課題の解消を試みた.本取組みの結果,整備した15領域の標準プロセスによって,45件以上の改善点を反映し,十分な包括性と実践性を有することを確認することができた.また,本標準を他案件にも適用し,プロジェクト毎に約6人月の工数削減と約2%の運用効率化を見込んでいる.今後は,さらに多くのプロジェクトへの横展開を図り,適用効果の測定と改善を進める予定である.
稲葉 和也
高速道路の橋梁等構造物点検では,老朽化対策の重要性と人手不足を背景としてデジタルトランスフォーメーション(DX)が求められている.しかし,点検データのデジタル化が進む一方で,業務手順の再設計や部門横断の調整が進まず,属人化や情報断片化が依然として残存している.著者は点検DXプロジェクトに参画する中で,現場が抱える「目的が共有されない」「手順が標準化されていない」といった現場業務領域特有の課題を確認した.本論文では,これらのDX停滞要因を整理し,実務で実施した小規模ステップの標準化,点検記録様式の統一,関係者間の事前合意形成といった基本的施策を分析する.その結果,現場業務領域のDXでは,複雑な技術導入よりも,手順の明確化や現場主体の改善サイクルなど,容易に着手できるプロジェクトマネジメント施策が効果的であることを示す.
李 夢迪,榊田 真也,阿南 泰三,野中 悠介,佐藤 良輝
人口減少と災害の激甚化により、消防の配備計画は経験則依存からデータ駆動型の意思決定へ移行が求められている。しかし、配備案の作成・比較・効果検証は手作業が多く、比較可能な指標が不足し、継続的改善(PDCA)が回りにくい。本稿は、消防配備計画を継続改善のプロジェクトとして捉え、AI需要予測、移動配備シミュレーション、Web-GIS可視化を統合した意思決定支援の仕組みを設計・実装し、評価方法を提示する。現場で反復検証が可能となるよう、統計的サンプリングと分布距離指標を用いた高速評価を導入し、探索(高速)と確証(全件)の二段階意思決定プロセスを提案する。実証では到着時間短縮の効果に加え、災害多発時の資源枯渇(ゼロ隊)リスク抑制に関する示唆を得た。最後に、個人情報保護や外部データ接続などの制約をリスクとして整理し、広域連携や他分野への横展開に必要な共通指標・運用設計の要点を示す。
中村 洋樹
近年,国は自治体の基幹系情報システムを標準仕様へ統一する政策を進めており,自治体はシステムの共同利用化や運用負荷の軽減による業務効率化が期待されている.こうした効率化によって生まれる人的・時間的リソースを活かし,自治体には住民向けデジタルサービスの創出や質の向上といったデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が求められている.しかし,多くの自治体では,DXの必要性を認識しつつも,具体的にどのようなサービスを提供すべきか,またどの業務課題から着手すべきかが明確になっていない.一方,ベンダー側も自治体の潜在的なニーズや業務上の課題が整理されていない状況では,新たなサービスやソリューションを提案しづらく,両者が模索を続けているのが現状である.本稿では、筆者が実施した窓口DXプロジェクトを題材に,「課題発見」「認識調整」「施策具体化」から成る共創プロセスを活用して顧客の曖昧な要件を明確化した実践例を示すとともに,そのプロセスの有用性と今後の課題を考察する.
大嶋 幹生
近年,日本市場においてサイバー空間やフィジカル領域を問わず,セキュリティインシデントが多発しており,企業や社会全体に対するリスクが高まっている.また,これらの脅威に対応するためセキュリティメーカーは速いサイクルで新製品を市場に投入する傾向がある.このような背景の中,セキュリティ製品の輸入代理店事業者にとって,製品の安全性・品質確保と電気用品安全法(電安法)を代表とする法令遵守がますます重要な課題となっている.当社の電安法準拠確認の作業は属人的かつ製品化に連動せず実施される傾向があり,製品化後の手戻りや製品化遅延(販売開始の遅れ)といった品質上の課題が顕在化していた.この課題を解決するために,製品化企画段階から輸入・出荷に至るまで,輸入品が電安法に遵守できているかを確認する標準プロセスを構築することが課題解決につながるとの仮説を立て,その有効性について検証を行った.その結果,定量的な制約はあるものの,手戻りの抑制や対応効率の向上といった改善傾向が確認され,さらに見える化による属人化の撤廃が図れるなどプロセス構築の有効性が示唆された.本稿ではその過程と結果,考察について論じる.
長根 碧泉,柴原 優,黒濱 優至,新谷 幸弘
本研究は,就職活動を個人プロジェクトと捉え,計画駆動型志向と変化適応型志向の組み合わせと心理的成果(自己効力感・主観的就活成果)の関係を,学生と入社3年以内社会人で比較した。学生(N=120)と社会人(N=81)を対象にアンケート調査を行い,両志向および計画性・柔軟性,自己効力感,主観的成果を測定し,相関分析とクラスタリングを実施した。分析の結果,学生では変化適応型志向が自己効力感(r=.604)・主観的成果(r=.575)とより強く関連した一方,社会人では変化適応型志向に加え計画駆動型志向も心理的成果と強く関連し(主観的成果:計画r=.676,適応r=.682),両志向の高低の組み合わせにより心理的成果が系統的に異なることが示された(両群ともp<.001)。以上より,就職後の経験を通じて「計画と適応が両立する行動様式」として統合される可能性が示唆される。
小堀 令偉,下田 篤
経験的ソフトウェア工学は,人の経験や判断をデータと実験に基づいて検証し,再現可能な知見として体系化する分野である.しかし,人を対象とする実験は参加者確保や実施コスト,再現性の担保に課題があり,多様な条件を十分に試せない.そこで本研究では,大規模言語モデル(LLM)を参加者に見立てたマルチエージェントシミュレーションにより実験環境の再現を試みる.小規模タスクを対象に「経験あり」「経験なし」のチーム条件において,「プランニングポーカー」と「非構造的な議論(話し合い)」の精度比較を行った.実験の結果,タスク経験のない条件では,プランニングポーカーが議論よりも精度を悪化させるという人の実験と同様の傾向が再現された.一方,経験のある条件では,人の実験で確認されたプランニングポーカーによる精度向上効果は再現されず,逆に精度が悪化する結果となった.このことは,LLMエージェントの独立性が誤った推論の固定化を招く可能性を示唆している.
向井 由貴
本稿で対象とするプロジェクトは,25年にわたり保守を請け負ってきた基幹システムのクラウド移行プロジェクトである.当プロジェクトには,ドメインナレッジが豊富なメンバと新規参画メンバが混在している.また,複数のグループとその下位のチームが多段階で構成される複雑な組織構造を有している.こうした環境では,「前提知識の差」や「コンテキストのずれ」,「縦割り構造に起因する所有者不在の課題」,「情報共有不足」などにより後戻りが発生し,スケジュール遅延や品質問題につながるリスクが高い.これらのリスクを予防する手法として,コミュニケーションマネジメントの重要性が指摘されている.特に,コミュニケーションの質と頻度を高める取組みは効果的であると考えられる.そこで,定期的なコミュニケーションの場を設計・運営し,ファシリテーションによって議論の質を高める取組みを実践することでスケジュール遅延や品質問題の発生の抑止を実現した.この取組みの中で特に工夫した点が,ファシリテータがその場でコミュニケーションの内容を補完しながら場を進行したことであるが,これが今回の成果に大きく寄与したと評価している.
八木 拓馬
近年,データスペースに関する参照アーキテクチャや関連資料は整備が進んでいるが,日本国内では初学者向けの実践的な学習機会は依然として限定的である.これを背景として,日本におけるデータスペースへの関心の拡大と基礎的理解の底上げを目的に,(1) 講義,(2) ハンズオン,(3) 意見交換で構成される教育プログラムを実施した.その結果,参加者は概念や用語の理解にとどまらず,データスペースを自ら利用することを想定した具体的かつ実践的な観点からの意見を共有した.これは,共通の操作経験と産学連携による中立的な議論環境が,具体的かつ率直な意見交換を促したためと考えられ,初学者向けオンボーディングにも活用できる可能性がある.一方で,本実践は開催頻度および参加人数にスケーラビリティ上の課題を有する.今後は,教材・手順の標準化やハンズオンFAQの整備を通じて,学習効果を維持したまま実践機会を拡張する方法を検証する.
渡邊 凜太郎
企業内研究所で開発された先進技術を事業提案へ展開するResearch and Development(R&D)プロジェクトでは,技術的完成度を高めるだけでは十分ではない.重要なマネジメント上の課題は,どの価値を強調するか,そして提案段階において探索をどの水準で収束させるかを判断することである.本研究は,データ仮想化技術を基盤としたR&Dプロジェクトを分析対象とし,提案段階において収束判断をいかに意図的に設計できるかを検討する.具体的には,(1) 業界選定による文脈の固定,(2) 価値仮説の明示による不確実性の圧縮,(3) 提案成立に必要な実機デモ水準を定義することによる収束判断の設計,という三段階のプロセスとして整理した.分析の結果,提案受理に必要な実証水準をあらかじめ定義することで,一定の不確実性を残存させたままでも探索を収束させることが可能となることが示された.本研究の貢献は,開発手法の選択に焦点を当てるのではなく,提案段階における探索の進め方と収束判断の設計に焦点を移す点にあり,事業提案へ移行するR&Dプロジェクトに対する実践的なマネジメント枠組みを提示するものである.
野坂 智大
プロジェクトにおいては,技術的課題よりもステークホルダ間の利害調整や関係構築の困難さが主要な問題となる場合が多い.しかし,ステークホルダ調整能力は属人的な経験に依存しやすく,体系的に学習できる教育方法が十分に整理されていない.その結果,組織内でスキルの標準化が進まず,担当者間でステークホルダ調整の実践にばらつきが生じるという課題がみられる.本研究ではこの課題を踏まえ,先行研究およびプロジェクトマネジャー経験者の実践知を分析する.そして,ステークホルダ調整能力を構成する要素を抽出・整理し,それらを育成するための教育設計モデルを提示する.本モデルでは,各要素を段階的に学習できるよう学習活動を構成し,能力の定着と行動改善を促す.その結果,属人的でばらつきの大きかったステークホルダ調整能力を組織内で共有しやすい形で体系化し,再現性をもって育成可能な枠組みを提示する.
冨樫 慧乃辰,楠森 賢佑,三角 英治,佐藤 慎一
これまで重大なシステム故障や大規模な不採算案件が発生した際には,当該組織だけでなく全社的な再発防止策を講じてきた.しかし,時間の経過とともに同様の要因による問題が再発することがあり,再発防止策の徹底が課題であった.そこで,過去事例から再発防止に資する知見・教訓を抽出・分類し,案件固有の性質に依らない「原理原則」として形式知化・標準化した上で,解説ガイドラインの整備や,社内ネットワークを利用した研修を実施して,浸透定着を進めた.当該研修のアンケートでは,受講者の9割超が原理原則の内容を理解した一方で,原理原則の実践事例の整備が不十分であるとの回答があった.加えて,内部監査により原理原則の実施状況まで監査した結果,重大な不適合は認められず,監査基準に照らして原理原則に基づく行動が実行されていることを確認した.
塩澤 倖太
本研究では,高速道路事業者の拠点間ネットワークおよび仮想統合基盤の構築プロジェクトを対象に,不測の納期遅延に対するプロジェクトマネジメントの有効なリカバリ手法を提案する.当初,遠方の3拠点における基盤構築は,限定されたリソースによる順次施工を計画していた.しかし,世界的な機器納期遅延および設計工程の遅れにより,当初計画での完遂が困難となった.この課題に対し,筆者らは「全拠点同一のハードウェア構成」という特性を活かし,作業工程の標準化をすることで,順次施工から同時並行施工への戦略転換を図った.具体的には,共通施工マニュアルの策定,拠点間を跨ぐ一括疎通確認試験プロセスの導入により,遠隔地に分散したメンバー間での作業品質の均一化,管理コストの抑制を実現した.また,拠点間を跨ぐ試験については,オンラインミーティングツールを利用することで,リアルタイムで拠点間の試験を行うなどした.結果として,移動時間の削減,作業の同期化により,遅延を取り戻す大幅な工程短縮を達成した.本事例は,ミッションクリティカルな広域インフラ構築において,構成の標準化がプロジェクトの不確実性に対する柔軟なリソース配分および効率的な工程管理を可能にすることを示唆している.
安積 拓紀
2019年下期のCOVID-19発生以降,IT企業ではリモートワークが定着し,新人教育においても対面指導が困難となった結果,上司と新人のコミュニケーション不足や作業状況の把握難といった課題が顕在化している.本研究の目的は,リモートワーク環境においてコミュニケーションツールを活用した新人タスクマネジメント手法が,作業進捗の可視化やコミュニケーション改善に与える効果を評価することである.方法として, タスク管理やスケジュール管理を支援するクラウドベースのツールを用い,日別タスクの入力,チェックリストによる作業内訳管理,本人評価・上長評価の記録などの仕組みを新人1年目および2年目に適用し,上司・新人双方の利用状況と変化を観察した.その結果,上司側では作業遅延の早期把握や適時の指示が可能となり,新人側では一日の作業量の把握,説明時間の削減,達成感の向上などの効果が確認された.以上より,リモートワーク下におけるコミュニケーションツールの体系的活用は,新人タスクマネジメントの効率化とコミュニケーション改善に有効であることが示された.
菱江 伯彰
プロジェクトマネジメントにおけるメンバーのモチベーション維持・向上は,生産性と成功に直結する極めて重要要素である.特に,明確なビジョンの共有,役割と責任の理解,円滑なコミュニケーションと心理的安全性の確保は不可欠である.しかしながら,実際のプロジェクトでは,目標や要件の曖昧さ,当事者意識の希薄による弊害,リモート環境下でのコミュニケーション不足など,多様な阻害要因が発生し,モチベーションの低下を招く.これらを放置するとモチベーション低下が連鎖的に進行しデスマーチ化を招く可能性がある.本稿では,筆者が携わったシステム再構築プロジェクトにおける三つの事例を通じて,モチベーション低下要因を特定し,その心理的・行動的メカニズムとプロジェクトパフォーマンスへの影響を分析する.また,各ケースを基に,チームの成果向上につながる具体的な施策と効果的なアプローチを提示し,プロジェクトにおける持続的なモチベーション管理の指針を示す.
野口 遥夏
近年, Artificial Intelligence (AI)技術の普及に伴い,様々な業種でAIを活用した予測システムが広く導入される一方,顧客はAIの性能に過度な期待を抱く傾向があり,実際のモデルの予測精度の結果との差異が発生する場合がある。このような場合、顧客と予測モデルの品質について合意することが困難となる.この課題に対し,本論文で紹介する事例では,顧客の要求を多角的に分析し,業務運用に直結する「真に必要な予測精度」を定義した.さらに,一般に利用される統計的な性能評価とは異なる,実際の運用を反映した独自の定量評価指標を定義し予測モデルの実用性を可視化した結果,顧客の期待水準を満たす精度が確認された.これらのプロセスはAIの性能と予測モデルの品質に対する議論を円滑に進め,短時間での合意形成を可能とした.本論文では,AIを活用した予測システムの導入プロジェクトにおける,顧客とAIの性能に対する効果的な合意形成を実現する手法の有効性を考察する.
園部 優人,草川 靖大,風間 瑞穂
現在世界的に多くの企業がGenerative Artificial Intelligence(生成AI)を活用した業務改革に取り組んでいる.筆者らも生成AIを活用したコーポレートスタッフ業務の改善に取り組み,60以上のプロジェクトに対してプログラムマネジメントを遂行している.短期間での成果が求められ,技術的にも変化が激しい状況だが,プログラムマネジメントに割けるリソースは少なく,少人数で効率的に管理する必要があった.そこで筆者らは,生成AIを活用した,「AI Native」な管理手法を考案し,実際にプログラムマネジメントに適用することとした.会議議事録の作成AI,タスク管理AIを連動させ,進捗管理をはじめとする新たなプログラムマネジメントに挑戦している。これにより,少人数で円滑なプログラムマネジメントが可能となったが,人手を要する業務も依然として多く残されている.そのため,完全な「AI Native」の実現にむけて,今後は,過去のデータを活用したリスク予兆検知や最適な人員配置の自動化など,更なる高度化を目指す.
佐藤 和広
システムライフサイクルにおいては,設計・構築から運用・保守への移行段階において,要求伝達の不備や引継ぎの不整合に起因する設計・運用間のギャップが課題として指摘されている.本稿では,これらの課題への対策として,設計・構築と運用設計を横断する統制機能を導入し,その運用モデルおよびガバナンスを定義した.検証では,特にギャップが顕在化しやすい監視,通報,バックアップ,操作手順書を対象に,標準化レビュー手法を適用し,設計内容および運用要件の整合性を評価した.あわせて,抽出された不整合に対する是正措置および再検証を実施した.その結果,運用・保守移行後における再作業工数の有意な削減が確認され,運用内容およびSI保守に関する理解度の向上が認められた.さらに,設計・構築と運用設計のインターフェースを対象とした統制およびレビューの標準化が,移行段階におけるギャップの抑制に有効であることが示唆された.
藤原 育実,森本 憲悟,齊藤 拓也
ソフトウェア開発を取り巻く環境の変化により、ソフトウェア開発標準は、頻繁な更新に耐えうる高い柔軟性を備えた仕組みとして整備することが望ましい。例えば、参照している外部規格や業界標準の改訂、開発手法やツールの変化、現場で有効性が確認されたプラクティスについて、短いサイクルで標準に取り込める運用とすることが有効である。しかし、従来の文書中心かつ中央集権的な管理では、改訂のリードタイムが長期化し、現場知見の迅速な反映が困難である。本稿は、標準をインナーソースとして管理するコンセプトを提案する。インナーソースとは、OSS開発で確立されたソース管理やレビュー、継続的改善の手法を組織内に適用する考え方である。提案コンセプトでは、標準をMarkdown形式で構造化し、コード共有プラットフォーム上でデータとして管理することで、Pull Requestを通じた小さな単位での継続的改善を可能とする。標準を正確かつ一貫して記述・伝達する文書の重要性を前提としつつ、標準をデータとして扱うことで多様なビュー展開や再利用性を高め、生成AIによる検索・要約・判断支援にも活用可能な知識基盤へ転換する。
田篭 敏彦
基幹システム運用保守において,作業品質の低さに起因する多数のトラブルが発生し,その改善が喫緊の課題となっていた.この解決のため,Lean手法によるプロセス可視化と真因分析に基づく対策立案,トラブルの全貌把握と原因種別ごとの分析,そして顧客との連携強化によるKPI設定と共同での真因分析・対策実施を柱とするアプローチを実施した.具体的には,トラブルを「作業起因」「利用者起因」「データ起因」といった原因種別に分類し,優先度の高いものから順次撲滅する計画を策定した.また,富士通標準の品質指標をプロジェクトにカスタマイズし適用した.この継続的な品質改善活動の結果,月平均トラブル件数を2023年4~9月の37.3件から2025年4~9月には17.5件に半減することに成功した.本稿が基幹システム運用保守における効果的な品質改善モデルとして,広く参照されることを期待する.
平出 強
大規模パッケージ開発におけるRealize工程は,設定・拡張/IF・テスト・移行準備など性質の異なる作業が一括管理されるため,遅延を%や月数で示しても経営判断に直結しにくい.本研究はRealizeを作業タイプの構成比で定義し,経営に効く遅延のみを抽出する指標 δR を導入,さらに構造的遅延 T_struct を加えた全体遅延からコスト膨張と ROI 制約を接続して,判断境界ΔT_Rcritと投資上限ΔC_maxを同一モデルで導出する意思決定支援手法を提案する.疑似適用により「いつ」「いくらまで」を定量化し,TEST直前までに回復させる前倒し判断の妥当性を示した.結果として,技術進捗を経営KPIへ翻訳し,継続/投資/打ち切りの説明可能性を高める.
山本 俊晃
本論文は,グループ企業間での横展開を前提とした業務システム導入において,現場で頻発する課題,既存資産の無差別な転用による不要機能の混入,組織差分の肥大化,テストの冗長化,認識整合の不全に対し,再利用性を核とする統合マネジメントの枠組みを提示する.提案枠組みは,①機能の適切な選別と再構成,②局面ごとのゲーティング・ガバナンスとリスク/瑕疵範囲の明確化,③各社の業務特性に適合したテスト最適化,④運用で蓄積された知識資産の前工程投入,の4点から構成される.今回適用した結果,初期トラブルの抑制,スケジュールの安定化,品質立ち上がりの平準化に寄与する傾向を確認した.さらに,「再利用性 → 生産性 → スケジュール健全性 → 品質」の品質向上モデルを提示し,グループ企業展開への一般化可能性を論じる.
新谷 幸弘,川上 凜
アジャイル開発のレトロスペクティブは継続的改善の中核であるが、①話して終わる、②発言が偏る、③心理的安全性が損なわれる、④表層的に留まる等の失敗が再発しやすい、などの課題がある。本研究は、プロジェクトマネジメント学会の過去予稿集(春大会・秋大会)を対象に、レトロスペクティブ/ふりかえり/教訓/ポストモーテム等の検索辞書と論文単位コーディングにより抽出・系統的マッピングを実施し、課題類型、介入手段、評価指標の記述状況を整理した。その結果、アジャイル文脈の発表が一定数ある一方、振り返りは語彙が分散し,評価が希薄である可能性があり、「振り返り」手法の体系的整理および評価枠組みの構築の余地があることが示唆された。
浅田 良平
本稿は, 海外勘定系パッケージ刷新の事例を基に, 日印間の文化的乖離が招く管理不全の解決策を論じる.製造工程での大幅な刷新判明に際し, 特定のリーダー個人に「コンテクストの翻訳」を依存させた体制は破綻を招いた.これに対し, ハイ/ローコンテクストを状況に応じて制御する「適応的マネジメント体制」を構築した.情報の性質に応じた「コンテクストのグラデーション」を組織内に設け, 海外側リーダーが背景を直接理解する動線と, PMOによる組織的な文脈変換機能を確立した.海外拠点の成熟には時間を要する現実を前提に, PMOは摩擦を吸収するセーフティネットとして位置づけ管理構造を正常化させることで, リーダーの負荷を大幅に低減し, 組織全体の遂行能力を向上させることに成功した.本稿では, コンテクストを組織設計に組み込む戦略的アプローチの有効性を実践的教訓として提示する.
加藤 裕哉
プロジェクトを推進するにあたりプロジェクトマネージャーはエンジニアリングの知識だけで推進出来るものではなく,顧客,チームメンバー,ステークホルダーとさまざまな人の思惑,思いをまとめ協働し,プロジェクトのゴールに導く必要がある.特に昨今のDXやAIといった最初に目標となるプロダクトが明確でなく,関係者で作り上げていくプロジェクトにおいてはこれが顕著である.プロジェクトマネージャーは知識・情報を主な要素とする知識労働の面だけではなく,感情コントロールを主な要素とする感情労働の側面も特に重要になってきていると考える.このようなことから社会学的なドラマツルギー的視点からプロジェクトマネージャーの活動を考える.
易 言
PM人材の不足により,PM人材育成が重要視されている現在,世界中の大学において様々な教育施策が取り組まれている.大学教育を通じて得た知識と教養は,職業に大いに影響し,仕事に対する理解や個人のキャリアプランの土台になる.しかし,IT企業には文系出身の社員が多く,大学で受けた教育がプロジェクト現場で通用するとは限らないため,若手のPM志望者は様々な困難に直面している.本稿では,日,中の大学プロジェクトマネジメント教育実施の概況と特徴を調査し,さらに具体的な事例を通じて,カリキュラムの設置について日中比較を行った.また,日中両国の大学教育を受けた筆者が若手PM志望者として直面する困難を分析し,仕事を通じて得た知見により解決策を検討することによって,マネジメント要素を含むカリキュラムの普及,および大学と企業との連携活動の増加を提案した.
遠藤 洋之,島田 淳一
本稿では,プロジェクトマネジメントにおける知識移転活動のプロセスレベルでの理解を補完し深化させるため,質的調査を実施し定性分析した結果,得られた知見を記述した.知識移転研究領域においては, 知識移転の阻害要因としての知識定着性の分析を目的として, 知識の送り手と受け手を対象としたリッカート尺度質問票に基づく定量的研究や文献レビューが主流である.この研究手法は,受領者側で生じるプロセスの不明確さや,移転された知識が受領組織内に定着しない理由を分析できない点が批判の対象となってきた.本研究では,知識移転プロセスを解明するため,修正グラウンデッド・セオリー・アプローチに代表される質的分析を採用する.この分析対象は,日本の国際IT企業のアジア太平洋(APAC)地域子会社で実施されたプロジェクトマネジメント知識移転プロジェクトの参加者への半構造化インタビューから得られた質的データである.本論文は同社のAPAC拠点への知識移転プロジェクトに関する定性分析を通じて,知識移転段階モデルの後半2段階に対する修正仮説を検証し,続いて知識移転プロセスの前半2段階間での知識移転の双方向フローへの修正を提案する(理論的貢献).またプロジェクト視点に加えプログラム視点に基づく日系ITサービス企業の国際組織間知識移転の成功要因を示す(産業的貢献).
遠藤 洋之,島田 淳一
本研究の目的は,プロジェクトマネジメント知識移転活動の関与者への質的調査・分析を実施し, 知識移転および知識共有プロセスを解明することにある.知識移転研究領域においては, 知識移転の阻害要因としての知識粘着性の分析を目的として,知識の送り手と受け手を対象とした評定質問票に基づく定量的研究や文献レビューが主流である.この研究手法は, 知識の受け手側で生じるプロセスに関する情報が得られない点や, 移転された知識が受け手組織内における定着,即ちルーチン化しない理由を調査・分析できていない点を批判されてきた.本研究では, 日系国際IT企業のアジア太平洋地域における子会社に対して実施されたプロジェクトマネジメント知識移転プロジェクトを調査対象とし, 知識移転活動の関与者への半構造化インタビューで得られた質的データに対し,修正グラウンデッド・セオリー・アプローチに代表される質的分析手法を用いて関与者の活動を分析した.筆者らは先行論文で知識移転・段階モデルにおける前半および後半のプロセス間フィードバック活動に着目し,知識移転段階モデルの拡張提案を行った.本論文では, 国際的に事業展開する日系ITサービス企業において,移転されたPM知識が受け手組織で定着に至った事例を提示する(実務的貢献).またプログラム・プロジェクト管理視線によるプロジェクト間の双方向知識移転活動を知識共有活動と位置づけ,知識移転段階モデルでは表しきれない,PM知識移転活動における知識のフィードバック活動や,知識共有プロセス等を表す知識共有・相モデルを提案した(理論的貢献).
長久 幸雄
システム開発プロジェクトは,複数のフェーズに分けて実施する.各フェーズにおいては,要員計画を元にメンバーの参画・離任をしながら,最適なプロジェクトメンバーで開発を進める.過渡期には,プロジェクトを遅滞なく進捗するために,新規参画者へのフォローが必要になるのと離任でチーム内のメンバーが減り,既存のメンバーがオーバーワークにならないように調整する.また,不要な雑務作業については調整し,軽減する.随時メンバー及びステークホルダーとコミュニケーションを取り,メンバーの状況を常に把握しながら,プロジェクトを進めることが重要になってくる.本稿では,プロジェクトメンバーと一緒に連携し,フォロー等を行いながら,メンバーのWell-Beingのために行った施策について考察する.
筒井 賢,向井 永浩,今西 智将,木野 泰伸,津田 和彦
画像や映像,音声,テキストといったデータに存在する対象物をAIによって識別させるためには,対象物に対してアノテーションという注釈をつけた正解データを多量に準備し,そのデータをもとに学習をさせる.AIや機械学習の精度は,このアノテーション付きデータの品質と量に依存する.そのため,品質の良いアノテーション付きデータを大量に作成することが重要となる.本研究では,アノテーションを人手によって付加するアノテーションプロジェクトにおける課題点を整理し,よりよくプロジェクトを運用するための方法について検討する.
山田 康貴
保守プロジェクトでは,定例作業が安定して遂行されている状態が継続すると,品質上の問題は顕在化しにくい.本論文では,安定稼働下にある保守プロジェクトにおいて,判断が特定のメンバーの経験や暗黙知に依存することにより,品質変動リスクが内在化する状況に着目した.特に,障害対応や有識者欠席といった非定常事象において,判断の停滞や成果物の不整合が生じ得る状況と,それに対する対応のあり方を整理する.あわせて,判断根拠の共有,体制運営,および成果物管理の観点から実施した複数の取り組みを通じて得られた知見を示す.これらの実践を踏まえ,安定稼働を前提とした保守プロジェクトにおける品質変動リスク低減のための重要な要素について考察する.
奥村 康広
IT人材の不足や人件費の高騰が発生している昨今,プロジェクトで必要となる高度なスキルを持った要員が調達できない場合が考えられる.このような状況下で,一般的な時系列での作業分解と,成果物単位でのタスクアサインを行うと,期待する生産性が得られない状況や負荷の特定要員への集中が発生する.スキルマトリックスを用いてプロジェクトで必要となるスキルを整理し,生産性が高まるよう作業分解を行う方法を提案する.また今回検証で扱う機能型組織のプロジェクトでは,プロジェクトマネージャの権限が限られていることに起因した関係者との調整作業に時間を要する課題があり,これに対し人事評価軸の設定,仮想プロジェクトオーナーの設定,コミュニケーション計画含めた組織体制のデザインの改善を提案する.これら手法を取り入れた結果,要員,プロジェクトマネージャ共に生産性の改善が確認できた.この適用結果を分析した上で,今後検討すべき残課題についても論じる.
杉沢 悠登
本研究は,生成AIのPoC成功後にMVP策定で要件定義と変更管理が停止する要因を,対話型の問い合わせ対応支援機能を対象とする事例で分析し,統制フレームGFRDを提案する.対外公表を契機にIT部門からDevOps運用責任,セキュリティ審査,データ取扱い,コスト,SLA等の実装前提が顕在化したが,RACI不在,UI/UX受入基準不在,審査ゲート不在により意思決定が判断不能となり,会議が21週間継続し2,856人時の調整コストが発生した.結論としてPoC成功後の上流は要求の多寡ではなく,判断可能性を担保するガバナンス設計が最も重要である.NIST AI RMFのGOVERNやISO/IEC 42001,GartnerのAI TRiSMに整合する最小成果物セット(G0〜G4)を提示し,会議増殖の抑制と意思決定リードタイム短縮の実務指針を示す.
野尻 一紀
ウェルビーイングはSDGs目標3に位置づけられ,プロジェクトにおける心理的安全性や主体性を支える基盤として重要性が高まっている.本研究は,ウェルビーイング志向のプロジェクトに内在するソーシャル・キャピタルに着目し,その構成要素と生成メカニズムを明らかにすることを目的とする.近年のシステム運用領域では,DevOpsやAIによる自動化が進む一方,メンバーには自由な発想や価値提案が求められ,経済的対価のみでは動機づけを説明しきれない.本稿では,信頼,規範,ネットワークといった社会関係資本がレジリエンスや主観的ウェルビーイングを支える要因としてどのように機能するかを示し,次世代プロジェクトにおける持続的パフォーマンス向上の鍵として再評価を提案する.
角田 淳
DXの加速と外部委託の常態化により, ITプロジェクトの推進において, 事業会社側の立場でPMO業務を行う“発注者PMO”サービスの活用が広がっている.企業規模を問わず, コンサルティング会社・SIベンダーの多くでサービス提供している.一方, 現場では役割・権限の曖昧化, スキルのアンマッチ, マルチベンダー化によるガバナンスの低下などにより, 発注者と委託・派遣先ベンダーとの間に期待値ギャップが顕在化する.場合によっては, トラブルや進行遅延を招くことがある.さらに, 育成循環の停滞/人材の固定化を生み, 組織の持続的な能力形成を阻害していることも少なくない.本稿は, ITプロジェクトにおける”発注者PMO”に関わる期待値ギャップが生じる課題を整理し, 先行研究, 国際標準・公的ガイド等をふまえたフレームワークを考察する.PMOサービスが人月提供型が主流である前提から人的資源マネジメントに焦点を当て, 「ロール×案件特性によるスキル可視化」のフレームワークを提唱し, 期待値ギャップを最小限にする提案を行う.
徐 ホウホウ
本研究は大規模ITシステム移行における制限時間下の本番移行作業を対象に,既存情報伝達ルートを分析した上,新たなクラスター情報伝達モデルを提案する.既存情報伝達モデルは独立しているユニットによって成り立ち,伝達階層が複雑であり,情報の通達時間が長く,従って情報ロスも発生する.新クラスターモデルは関連するユニットをグループ化することで,情報伝達経路の簡素化と効率化を図るものである.先行研究では分析および試算を通じて本モデルの優位性が示されている.1情報伝達時間の短縮, 2 情報伝達内容の正確性向上,3 チームワークの促進.本論は先行研究の結果を踏まえ,さらなる分析と試算を行いクラスターモデルの特徴を明らかにする.まず,クラスターモデルの中核であるグループ化することで自然に固定なチーム構成ができ,プロジェクトメンバー間のコミュニケーションがスムーズになり,現場作業の効率が向上できる.また,クラスター内では同じ知識共有できている前提で,即時な情報交換が可能なため,現地メンバーとリモート支援の作業分担が可能で,チームワークの効率向上が期待できる.更に,こうしたクラスターチームワークを経験することで,所属チームに限らず多様な部門と触れ合うことで職務範囲を超えるスキルを習得可能となり,企業人材育成にも繋がる.
有馬 彩子
行政機関における担当者異動は,組織運営上の制度として,定期的に実施されており,情報システム運用にも一定の影響を及ぼしていると考える.ITガバナンスに関する先行研究では、組織構造や意思決定プロセスが情報システムの管理・運用に影響を与えていることが指摘されている.本論文では,担当者異動に伴う担当者交代が情報システム運用の継続性及び安定性にどのような影響を与えるのかについて考察した.具体的には,運用現場での事例の整理を通じて,業務知識やシステムに関する理解が特定の担当者に偏りやすい状況,引継ぎに起因する運用上の課題,ならびに障害対応における判断,といった点に着目した.これらの整理結果,及び,実務上の運用事象の整理を通じて,担当者異動を前提とした運用体制に求められる要件を考察し,運用手順の標準化,可読性を重視したドキュメント設計,知識分散の有効性,AI活用を含む運用支援の可能性について論じた.